人形遣いの幕間1
~人形遣いの幕間~
自分が出来ることは本当にささやかなこと。
だが、同時にその恐るべき可能性に気がついた結果、その霊能者は隠遁してアラバマ州の山奥で一人暮らしをするようになった。しかし、ある小雨の降る夕刻、訪ねてきた最悪の人物によって長年、守り抜いてきた矜持や尊厳をその異能ごとまとめて奪い去られてしまった。
懇意にしている郵便配達人がドアのベルを鳴らし、扉を開け、挨拶を交わしたところまでは覚えている。
気がついたら彼は国際線に乗って日本へ向かっていた。傍らにはずっと影のような存在がたゆたっていて、色々と教えてくれた。
曰くこれから彼はその秘匿してきた能力を使い、第四十六代アメリカ大統領、デービス・ホワイトを殺すこと。
どういう意図なのか、影はかなり詳細にデービス・ホワイトと自分との因縁を語ってきたが、その影が果たして実在の人物なのか、それとも自分の頭の中だけに響く声なのかよく分からなかった。
全てが朦朧とし、まるで夢の中のように進行していた。
あるいは糸で操られるパペットのように。
日本に到着すると幾つかの交通機関を経て、彼はとある記念公園まで辿り着いた。電車やタクシーはともかく、最後はパトカーに乗って運ばれた時、その意味と恐ろしさに操られる身でありながらはっきりと戦慄した。
運転席と助手席にいた制服を着た警官は一言も喋らなかったが、自分と同じように傀儡の身の上になっていることがはっきりと分かった。
彼はその警官二人と公園の一角に向かった。深夜だからか誰にも会わなかったが、もしかしたらここに近づく者は皆、事前に操られ、人払いがされていたのかもしれなかった。
警官の一人が腰元に下げていたホルスターから拳銃を取り出し、彼に渡してきた。彼は臆病に近いほどの平和主義者だったので銃の撃ち方など全く知らなかったが、身体が勝手に動いた。
銃を構え、撃つ。
なにもない虚空目がけて引き金を引いた。
彼は優しい性格で、タカ派のホワイトは基本的に不支持だったが、アメリカという国は愛していた。
日本にも何度も訪れて気に入っていた。その両国の未来と友好関係を破壊するような行為に加担するなんておぞましく泣き叫びたいほどだったが、現実の自分は顔色一つ変えずに能力を発動させていた。
弾丸が発射された方向がぽっと青白く一瞬だけ輝いて、小さな破裂音がほんの少しだけ聞こえた。
視認は出来なかったが弾丸は現在から消え去っていた。
ほんの小さな物体に限るが、任意の未来にその物体を送る能力。それが彼の力だった。
感覚的に分かった。弾丸は正確に3週間と16時間14分15秒後の未来へと飛んだ。
影が教えてくれた。
ちょうどその時刻、この場所に大統領が座るのだ、と。
絶望と共にその霊能者は理解していた。日本政府やSPの中にももう操り人形たちは潜り込んでいるのだ。式典を調整する部門や警備の人間が大統領の導線から立ち位置、座り位置まで決めていく。
大統領の行動は全て事前に決定できるのだ。
弾丸をあらかじめ放ち、そこにただ大統領を据える。
おぞましく、非情な合理性。
もはや誰もこの暗殺を止められないだろう。三週間後、大統領は確実に過去から狙撃されるのだ。
必殺で不可避の死の一撃。
それは既に放たれた。
次に自分の身体が勝手に動いた。拳銃を持ち上げ、己のこめかみに突きつける。
よく分かった。
計画が完遂した以上、もう自分の存在は邪魔なのだ。
影が教えてくれた。自分の死体も、これから吹き飛ぶ血しぶきもこの警官たちが跡形もなく片付けてくれる、と。
心配しなくてもよい、と。
(ああ、誰か)
引き金を引く瞬間、死の間際、霊能者は一瞬だけ本来の己に戻って涙した。
一粒、涙をこぼした。
(大統領を助けてくれ。そして、この)
その瞬間、彼の意識は永遠の闇に落ちた。
外道を。




