8話 走る仮名史郎
仮名史郎はすっかりと日が落ち、暗くなった街の路地を駆けていた。コートの右腕部分がちぎれ、そこから血が滲んでいる。おまけに横転し、燃えさかる車から抜け出した際、左足をくじいたようで速度が全く上がらない。
それでも仮名史郎は必死で前に進んでいた。
もう間違いない。局長は乗っ取られている。
パペットマスターの魔手は確実に大統領に及ぼうとしている。このままだとその命が危ない。
おまけに、
「ほるほるほるほるーーー!」
上空を旋回している木彫りの魔導人形の声が聞こえてくる。どうやら局長に命じられて自分を追いかけてきているらしい。あんなのに捕まるわけにはいかない。
断じて。
仮名史郎は息を荒げながら考えていた。
局長があの状態だったのだ。もう名高い霊能者たちはことごとくパペットマスターの手に落ちている可能性すらある。
大統領を救うなら。
そしてこの日本の窮地を救うには。
パペットマスターの視界に入らない。
誰も鑑みない。
もはや誰もがその輝きを忘れてしまった存在。
彼しかあり得ない。
(川平啓太)
仮名史郎は強く拳を握り込んだ。
(今こそ!)
唯一の希望が犬神使い、川平啓太とその相棒、ようこだった。
仮名史郎より少し遅れて横転した来た局長はスーツの埃を払い、額にかかった髪をうっとうしそうに掻き上げた。
普段の彼とは全く異なる野太い声がその喉奥から出る。
「やれやれ。あと少しであの捜査官も取り込めたのだが」
とりあえず魔導人形に命じてあの特命霊的捜査官の後を追わせたが、いささか心許ない。ここはとびきりの大駒を一気に動かして、圧倒的に有利な形勢をそのまま維持する場面だった。
胸ポケットから携帯電話を取り出すと、局長は早速、通話を開始した。
「ええ、依頼を受けて頂いて早速で恐縮ですが、どうしてもあなたに捕縛して欲しい人間がいるんでちゅ。あなたのような大物にこんなことをお願いするのも本当に申し訳ないのでちゅが」
そこでいったん確認する。今度は言い方をまた間違えないようにしないと。
「ええ、相手はカリナチロウという特命霊的捜査官でちゅ」
にたり、と局長、らしき者の顔に笑みが広がった。




