5話 鎮霊局の困惑
いかにレームダックだろうが、史上最低の嫌われ者だろうが、日本にとっての最大の同盟国であるアメリカの大統領が訪ねてくるのだ。迎える側の準備はとてつもなく大変だった。
現在の総理大臣、馬淵実朝首相を始めとする内閣府、実質的な窓口となっている外務省、関係各所を調整する総務省、警備を取り仕切る警視庁は『なんでこんな突然!?』な訪日にてんやわんや日々を過ごした。
どういう訳か分からないが、アメリカや日本の主要メディアがやたらとこの重要性のあまり感じられない訪日に関して記事を書き立てたので、自然と気運も盛り上がってしまった。
それでもなんとかかんとかスケジュールを調整し、場所を確保し、迎賓館での会談と会食、歓迎式典、関係閣僚を交えた日米首脳会談、プレスコンファレンス、名門コースでのゴルフ、超高級店での寿司会食などなど、まるでパッケージのような当たり障りのない行事をホワイト大統領が滞在する二泊三日分、きっちりと用意した。
なにしろ格別、話す議題もない、政治的にほぼ意味のない会合なのだ。形式的なのはこの際、仕方のないことだろう。
アメリカ側の強引さへの多少の不満はありつつも、これまでの幾多の経験からどの省庁もそれなりにスムーズに準備を整えていった。ただ唯一の例外が来日中の大統領の安全を一手に引き受ける警視庁警備部だった。
彼らは未確認で不確定だがアメリカ国防総省下の国防情報局(CIAやFBIなどからではなく)から、看過できない情報を入手していた。
すなわち。
〝訪日中、大統領が命を狙われる危険あり〟
という報。従って警備部警護課課長、松村警視正が陣頭指揮を執り、常にも増して厳重な警戒態勢を取ると同時に徹底した情報収集に乗り出したのだ。
それが表の世界の話だった。
一方、裏の世界。
日本の霊的な治安維持を密かに、そして影から護っている鎮霊局には、さらにもう一つだけフレーズが追加された情報がもたらされていた。
それは、すなわち。
〝大統領は命を狙われている。恐らく呪的、霊的に〟
その通告を行ったのはアメリカ国防省傘下に秘密裏に存在する防呪部隊〝FEARS〟からだった。ちょうど日本で鎮霊局が果たしている役割を担う、いわゆるカウンターパートだった。
ただ鎮霊局が所属する仮名史郎のような特命霊的捜査官ですら全体像や指揮系統が今ひとつ不明なまるで鵺のような(ある意味、ソレらしいが)組織であるのに対し、〝FEARS〟は存在こそ国防脅威削減局の一部門としてカモフラージュされているものの、歴とした軍の一部でメンバーたちも全て階級を有した軍人である点がかなり性格を異にしていた。
また本朝の霊的治安を維持するために事件の大小関係なく奔走する鎮霊局の構成員と異なり、〝FEARS〟は原則として高難度かつ広範囲な霊的障害が予見されるケースでのみ活動を開始する。基本、細かい個人レベルの霊障は全て民間に任せるのがアメリカ政府の方針なのだ。
それでも広い国土である。
ゾンビが大量発生しかけ、イリノイ州のとある町が滅びかけたケースや、出土した壺に封じられていたメソポタミアの悪霊がアムトラック(長距離バス)を複数台乗っ取り、小学校にツッコもうとした案件、さらには盗んだ聖骸布を自らまとってジーザス・スーパー・ヒーローを自称した怪人の逮捕劇(結局、バチカン、イタリア、イギリスの各秘密機関を巻き込んでの一大国際問題になった)などと、スケールの大きな事件がそれなりに頻発する。
そのため〝FEARS〟はその本部を天空の要塞である〝ジャスティス・フォート〟に置き、国内、時には国外のどこへでも急行できるような態勢を常に整えている。
仮名史郎も現物を直接、目の当たりにした訳ではないが、魔術的に改装された中世ヨーロッパの古城に、雷によって神聖霊的に突然変異したコンピューターが搭載されたジェット機並みの移動速度を誇る空飛ぶ前線司令室らしい。
ただオカルト満載の構造物である同時に最先端の情報収集システムや各軍とのネットワーク機能が完備された軍事的拠点でもあると伝え聞いた。
率直な感想はさすがアメリカ、規模が大きい上に良くも悪くも合理性が高い、というものだった。
そしてそんな〝FEARS〟と鎮霊局は今まで緩やかな情報のやりとりだけでその関係性を維持してきた(成立経緯も目的も似て非なる組織のため)のだが、今回のホワイト大統領の訪日において突如、きな臭い情報提供と共に鎮霊局へ協力も要請してきた。
彼らの要求は、
〝大統領の警護及び実行犯捕獲のため、日本で最高位の霊能者たちを揃え、稼働させて欲しい〟
というかなり難度の高いものだった。
鎮霊局は若干、強圧的にさえ感じられるこの前代未聞の注文に対して戸惑いつつも密かに日本政府と調整を行い、決定権を持つ者たちの裁可を仰ぎ、〝FEARS〟との協力態勢を敷くことを受諾した。
そして仮名史郎を始め、何名もの特命霊的捜査官が奔走して以下の5名へ協力を打診をした。
拳一つで山を砕き、マグマの噴火をも止める黄金のガミト。海竜をいともたやすく調伏する盲目の陰陽師、三輪連風。ナマズ姫の異名を持つ地震使い曇島ゆらん。
そして当代最高最強最大の異名が高い、二百名の配下をその下に従えた超大物霊能者〝ビック・カイザー〟こと夕月丸吾郎。
そしてその四人と比べるといささか格落ちするものの、伝統ある犬神使い川平家の宗家を若くして引き継いだ今、もっとも成長著しい川平薫。
およそ現時点で考えられる限りの最高の人選だった。
確かに実力だけで言えば他にも天草家の怪人、ザ・レディや古今東西の魔刀妖刀のコレクター、刃鬼一、関東一円の空を金色に染めた若き天才、東方小梅なども実力的には彼ら五人に伍する怪物の域にいると認められていた。
だが、同時にこの三者は我が儘かつ傍若無人な振る舞いにも定評があり、今回のような案件だと協調性を欠き、危険でさえあった。
鎮霊局は戦闘力だけでなく、人品や協調性も加味して交渉を行ったのである。
夕月丸吾郎、ガミト、曇島ゆらん、三輪連風、川平薫。このうちの誰か一人でも依頼を受諾してくれたらこれ以上、心強いことはない。
しかし、これだけ鎮霊局が骨を折っているのに〝FEARS〟からはその後、目立った連絡がなく、鎮霊局側のせっつきに対しても茫漠として反応がなく、とうとう大統領来日三日前を迎えてしまった。
この時点でどのような警備体制を組めば良いのか、日本側はどのような形でアメリカ側と協力するべきなのか、そもそもどのような根拠で〝FEARS〟が大統領の危険を感知したのかのソースが全く共有されていなかった。
七割の怒り、三割の困惑。
鎮霊局のスタッフの多くは、
〝そっちから言ってきたのになんで情報を共有しないんだよ? そもそも大統領に命の危機なんてこと自体がガセネタなんじゃないの? 今更、引っ込みがつかなくなって黙ってるんじゃないのか?〟
全体的な空気として疑心暗鬼になり始めている。だが、その中で仮名史郎のみ明確な不安を覚え始めていた。
なにか途方もなく恐ろしいことが密かに進行している。そんな気配を長年の経験から肌感覚で感じ取っていた。
そしてその懸念を直属の上司である局長にぶつけようとしたところ、奇しくも向こうからも、
〝チロウ。二人っきりで話があります〟
という誘いが来た。仮名史郎は夕暮れ時、官庁街の前から黒塗りのリムジンに乗り込んだ。後部座席には既に局長が乗り込んでいて仮名史郎を見るとほんの少しだけ唇に笑みを浮かべた。それから、
「いきなちゃい」
運転手に向かってやや偉そうな声で命じる。
「あいあい」
運転手が妙に甲高い声で応じた。すると豪華な造りの車は音もなくすうっと滑るように走り出した。
窓ガラスから見たビル群や行き交う人々が逢魔が時の色合いで真っ赤に染まっていた。




