4話 史上もっとも嫌われた大統領
史上もっとも嫌われた大統領
第四十六代アメリカ大統領、デービス・〝ユーサック〟・ホワイトには世界中の誰もが知る異名があった。
それは『アメリカ史上、もっとも嫌われた大統領』という不名誉極まりない二つ名だった。
アメリカ大手の広告代理店(ホワイト大統領言うところの〝お節介で無能な高給取りどもの巣窟〟)が歴代の大統領の評価を無作為なアンケート、歴史書や新聞などの文献記録、テレビニュースなどの映像記録、支持率やネットのコメントなどをAIに解析させ、ポイント換算した結果、導き出したものだった。
ホワイト大統領はぶっちぎりのトップだった。
この件に関する感想を記者会見の最中、CNNの記者から求められた際、ホワイト大統領は危うく中指を突き出し、Fから始まる放送禁止用語を発しかけ、場が騒然とした。
最終的に大統領はアッパーウエストサイド出身の紳士らしく〝くそ食らえ〟を政治的、修辞的に穏便に言い換えた表現で己の所感を述べて会見は終わった。
結果、大統領の〝嫌われポイント〟はさらに跳ね上がり、今後、100年は彼を抜く大統領は現れないだろう、という評価が定着した。
その歴代ナンバーワン嫌われ大統領、デービス・ホワイトが日米首脳会談のために大統領専用機エアーフォースワンに乗って、日本へと向かっていた。
ホワイトはコンパスのように細くて長い足を白い豪奢な大統領専用席(本来はそんなものはなかったが、ホワイトが無理矢理、機内に据え付けさせた)の上で組み、最高級のダージリンティーをヘレンドシノワズリのティーカップでいかにも不味そうに飲みながらずっとブツブツと文句を言い続けていた。
「このケチな飛行機には会議室も寝室も浴室も手術室だってなんだってある。なのになんだって蕎麦茶がないんだ! いらないSPやいらないシェフが大量にいて、美味しい蕎麦茶が飲めないなんて! 私は蕎麦茶が飲みたいんだ!」
ホワイトの年齢は六十少し手前。オールバックに撫でつけられた銀髪と綺麗に整えられた同色の口ひげ。下院議員に当選した頃から通っているテーラーで仕立てた目の玉が飛び出るくらい高額な紺色のスーツを着込んでいる。
痩せぎすで鋭く尖った眼光とあまりにも長い期間ずっと寄せすぎてもう彫りつけられたようになってしまった眉間のしわが特徴的だった。
彼は横に座っていた女性を振り返って己の不平を訴える。
「え? なんとかならないのか、リサ? ついでに甘味も食べたいところだ。よもぎ餅はないかキッチンに聞いてきてくれないか?」
「大統領」
そのぴしっとスーツを着たいかにも切れ者風の黒人女性は溜息交じりに言う。
「お忘れのようですが、私はあなたの政策上の次席補佐官であって、使用人ではありません。キッチンクルーに文句があるならその直通電話を使ってご自分でどうぞ」
「ふん」
大統領は憎々しげに吐き捨てた。
「大統領も二期目の終わりになると子飼いのスタッフにも背かれるようになるのか。私が登用してやった恩も忘れて」
エール大学卒業の才媛、リサ・トンプソンは最近さらに傲岸さを増してきた仕える相手へなにか言い返そうとしたがぐっと堪えてその言葉を呑み込んだ。代わりに今まで弄っていたタブレットを大統領に手渡す。
「大統領。馬淵首相との会談に必要な資料です。お目通しを」
「……」
ホワイトはちらっとそれを一瞥し、
「いらん。マブチは頭が悪く、底の浅い男だ。握手をして、ゴルフでも一緒にしてやればそれで充分。やつも日米同盟の健在をアピール出来て嬉しかろう」
リサ・トンプソンは非難するようにわずかに眉根を寄せる。ホワイトは手を振って言った。
「あー、リサ。誤解するなよ? 私はヤツが日本人だからとかそんな人種差別的な理由で見下してる訳じゃないぞ?」
どこか威張って、
「私は私以外の全ての人間を見下しているだけだ!」
嫌われ大統領の嫌われ者たるゆえんを発露する。リサ・トンプソンは先ほどに倍する深い、深い溜息をついた。
「……ええ、大統領。よーく存じております」
そしてタブレットを引っ込める。ホワイトは早速ソファに搭載された内線の受話器を持ち上げ、蕎麦茶の件でキッチンクルーに嫌みったらしく文句を言い始めていた。
リサは侮蔑と呆れの入り交じった目でそんな大統領を見つめていた。内心で少し不思議にも思っている。
(そんなに会談に興味がないのならなぜ今回の訪日を強行したのかしら?)
言い方は悪いがスケジュール的に日本側へかなりの無理を言って実現させた政治的な意味合いなどほとんどない会談だった。それもこれも全てホワイトが強引に言い出したことだ。
(それともなんとか自分の政治的影響力を誇示したくてやってるのかしら?)
アメリカの大統領は原則的に三選はされない。また慣例的にほとんどの者が大統領を辞めると政治的に重要な役職に就かなくなる。そのため二期目の満了が近づくと事実上、政権運営に支障が起こるほど大統領の求心力は低下する。
いわゆるレームダック(読み:死に体の政治家)と呼ばれる状態であり、大統領としての任期があと数ヶ月を残すのみのホワイトの境遇がこれに該当した。
プライドの高いホワイトはこの政治的に死に体な状態がよほど我慢ならなかったようで半年前も、
『I STILL ALIVE(私はまだ生きている!)』
とだけ記した広告を莫大な私費を投じて、あちらこちらにばらまいた。新聞からテレビからSNSまで。そしてこの件がまた議会の反発を呼んで彼の政治的影響力はほぼほぼ皆無に等しくなっていた。
リサはアメリカに戻ったら大統領の任期切れを待たずに辞表を提出するべきか本気で検討しようと思った。ホワイトを見限って辞めていった他の先輩補佐官たちのように。
正直なところこの大統領についていくメリットも大義もなにもなかった。
彼女はノートパソコンを開き、せめて己だけでも責務を果たそうと仕事を再開した。
一通り文句を言うとホワイトは受話器を置き、ちらっとリサ・トンプソンの方に目をやった。彼女はことさら大統領を無視するかのようにパソコンのディスプレイに没頭している。
大統領はふん、と鼻を鳴らし、視線をエアーフォースワンの外へと視線を転じた。
そこには常識ではあり得ない、白昼夢のような光景が広がっている。エアーフォースワンの少し後方をまるで飼い主を追う忠実な犬のように巨大な石造りの古城がぴったりとついてきているのだ。
スイスやフランスの山間に中世の地方領主が建てたような大きさの城が雲海の中を見え隠れしながら滑らかに浮遊している。建造物として図抜けて巨大という訳ではないが、飛行機と同じ速度で空をすいすい飛んでいてよい代物では決してない。
だが、ホワイトはそれを予想していたので、一切、驚かなかった。冷たく笑い、思う。
(……やはり〝FEARS〟をつれてきたか。だが、あの未熟で頼りない司令官代理に一体なにが出来るものか)
腕を組み、目を閉じる。
(ケリはやはり私自身の手で)
デービス・ユーサック・ホワイト大統領には任期前にまだやり残したことがあった。
そのために日本へと向かうのだ。




