19話 そして伝説へ
「いや、別に我が子孫は死んではいない」
赤道斎が珍しくツッコむ。啓太はそれからはっとしたように大殺界の方を振り返る。
「そういえば未来予測の結果はどうなった?」
ガミトが発した衝撃波によってかなりのダメージを受けていたのは横目で確認していたが、あの時はどうしようもなかった。駆け寄って近づいてみれば突き出たパイプはへしゃげ、ランプは砕け、あちらこちらが歪み、穴が空き酷いものだった。
だが、それでも。
ぎ、ぎ、と軋む音を立てながら大殺界はパネルをゆっくりと回転させた。
『出たで、結果』
そして告げる。
『歓迎式典。記念公園。十四時四十六分十七秒。三十八口径の銃弾により正面から脳を損傷。即死』
文字情報を浮かべた。その瞬間、啓太の視界の右隅に突然、数字が浮かんだ。
『四分十五秒』
そして秒数がどんどんと減っていっている。啓太は焦ったように赤道斎に問いただした。
「おい」
すぐに内容を察して赤道斎が答えた。
「大統領暗殺の予測確定と共にスーツ内のマスク内でカウントダウンが始まる仕様になっている。おまえの目に映っているのは大統領暗殺が決行されるまでの残りの猶予時間だ」
「げ」
啓太は青ざめた。
「もうほとんど余裕ねえじゃねえか!」
「ちなみに私がこの空間に再突入した際、時空は正常に連結されたので、そのカウントダウンは正確だ」
「くそ。つまりもう向こうの空間では一晩明けたどころかもう午後になってるんだな。赤道斎!」
今度も赤道斎は啓太が質問しようとしたことを先回りして答えた。
「あの扉を出ろ。大統領の現在地にほど近い場所に出るはずだ」
そして壁の一角を指さす。先ほどガミトの侵入を防ぐために消した扉がまた現れている。
啓太はようこに声をかけた。
「ようこ、行くぞ!」
急がなければ全てが間に合わなくなる。マッチョと沈んだ仮名史郎もそれでは浮かばれない。ようこは頷く。啓太は走り出す前に大殺界の筐体をぽんぽんと叩いた。
「ありがとな。この情報、必ず役立てるぞ」
『へへ。ダメージ受けすぎてしばらくは未来予測も出来そうにないからな。気張りや』
大殺界は再びパネルを軋ませながら答える。啓太は続ける。
「赤道斎! そいつ必ずきちんと直してやってくれ。あと」
赤道斎本人にはどんな感情を伝えればよいのか分からない。怒ってよいのか、感謝してよいのか。
とりあえず啓太は言った。
「またな」
そして床を蹴る。ようこが続いた。赤道斎はゆっくりと無言で手を振っていたが、啓太はもう見ていなかった。赤道斎が示した扉に辿り着き、もどかしい思いで前方へと開く。
『二分十二秒』
カウントダウンは容赦なく進んでいる。扉を開き、そこをくぐり抜けると眩い光が彼を押し包んできて思わず啓太は顔をしかめた。爽やか空気が肺を満たす。先ほどまで夜の感覚だったので、その落差に一瞬だけ自律神経が戸惑った。
「ん」
眉をひそめ、辺りを見回す。いつの間にか背後には扉がなくなっていた。ようやく光に目が慣れてきた。自分は芝生の上に立っている。近くにトイレらしい建物がある。遊歩道が右手から奥へ続いていて、その脇によく手入れされた木々が適度な間隔で植えられている。頭の中で必死に考える。
(記念公園の中か。だが、どこだ? 式典はどこでやっている?)
さすがに土地勘がないので現在地が分からない。するとその時、ようこが、
「ケイタ」
そうささやき声で警告し、自身はすうっとかき消えた。啓太がはっとすると向こうから制服姿の警官が二人、殺気だってやってくるところだった。
「きみ!」
「なにしてるんだ、そこで?」
洒落じゃすまさない、という恐ろしく厳しい形相をしている。啓太は己の姿を確認し、納得した。先ほどガミトの攻撃を防ぎ続けたせいでスーツは恐らくエネルギー切れを起こしかけていて、ほとんどぼろきれ同然になっていた。ヒーローと言うよりちぎれかけた布をなんとか辛うじて身体に巻いている不審人物になっている。
訪日中のアメリカ大統領の近くにいてよい男では断じてない。
「ち」
啓太は舌打ちをし、指を完全で動かした。先ほど仮名史郎がやったように指を眼前で動かし、ステルスモードを起動させる。ここでもめて時間を浪費するわけにはいかなかった。残りのエネルギー量が確実に減った感覚はあったが、おかげで啓太の身体は見えなくなり、透過された。
「え?」
「お、おい。どこに消えた?」
戸惑っている警官たちの間を走り抜ける。そのぴったり後を同じく隠形化しているようこが続く。啓太は己の直感を信じることにした。
『五十六秒』
こちらだ、と思う方向へ向かって走り続ける。幸いヒントはそれなりにあった。要するに警備が厳しくなっている方向。公園の中心へと向かえば良いのだ。
案の定、物々しい警備網をくぐり抜けながら走っていくとやがて広場に出た。白いテントが幾つも設営され、ステージのような場所が見つかる。
報道陣だろうか?
異様なくらい人の輪が出来ている。
さらに観覧している人の群れ。
その人垣の奥に。
見えた!
恐らく大統領と首相らしき人物。啓太はその刹那、ふとある可能性に気がついた。
大統領の安全、というより自分の状態についてだった。
恐らくスーツの状態からしてあと一回、バリアを張ればそれでエネルギー切れになるだろう。それは肌感覚として分かっていた。そうすれば同時にステルスモードも解除され、啓太は人目に晒される。
そこまではまだいい。
大統領の命を救うためなら仕方ない。
だが。
スーツはどんどんとまるで絵の具が剥がれ落ちていくように啓太の身体から消え去っていっている。面積が小さくなっている。現在、肩と腰元と足首辺りを頼りなく、申し訳程度度に布地が覆っているくらいだ。
恐らく全てのエネルギーを使い果たしたら。
(!)
啓太は悪寒に囚われた。ここ五年ほどずっと無縁だった。無縁でいられた。楽しくキャンパスライフを送っていた。霊能者としてはほとんど実績を残せなかったが、それでも楽しく〝正常な〟日々が続いていた。
啓太は楽しかった。
とても楽しかったのだ。
だが、もうそれも。
(グッバイ)
頬につうっと涙が伝わった。
戻りたくなかったが、仕方ない。
啓太は叫ぶ。
「ようこおおおお! 俺を!」
護らなければならない。命を。約束を。
「とばせえええええええええええええええええええ!」
啓太の咆吼にようこが応える。
「しゅくち!」
その瞬間、啓太の身体は虚空を跳んだ。
パペットマスターが用意した死の魔弾は全くなにもない空間から突如現れ、真っ直ぐに大統領の脳幹を貫くべく、大気を擦過し、直進した。
アメリカ大統領、デービス・ホワイトはまさに馬淵大統領と握手を交わすところだった。それを報道陣がカメラを構えて待っている。
大統領は一切、なにも分からず絶命するはずだった。
銃弾に打ち貫かれ。
簡単に。
だが。それを。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
弾丸は大統領の頭を狙っていた。それ故、啓太はちょうど大統領の顔を身体で塞ぐような形で出現し、一気にバリアを展開した。眩い光に包まれる。
弾丸がバリアに弾かれ、消滅する。
その瞬間、啓太の身体に巻き付いていた布は全て剥がれ落ちた。
全裸。
生まれたままの姿。なにもかも諦めた無情の笑みを浮かべ、啓太は手足を折り曲げ、少しでも大統領の頭部を護ろうとしていた。その頑張りが結果的に卍型のような異様なポーズとなっている。
突如、目の前に出現した全裸男にホワイトは驚愕する。目を剥き、逃げようとしたが遅かった。
突っ込んできた啓太がホワイトに覆い被さる。ホワイトが聞いたことのないような絶叫を上げる。
ちょうど顔面に啓太の股間部分が直撃したのだ。
日米外交史にあってはならないことが起こった。
もつれるようにして倒れ込む啓太と大統領。集まったそうそうたる報道陣は数秒前からずっとカメラのシャッターを押し続けていたが、より一層、激しくフラッシュをたいた。
そして、啓太は世界中の生きる伝説となった。
居合わせたプレス陣によってもっともタイミング良く取られた写真が新聞、テレビ、ネットを瞬く間に席巻した。
それは諦念の笑みを浮かべた啓太が空をジャンプし、ポーズを取っている写真だった。
ちょうどよい塩梅に股間の部分が光でボケていた。彼の背後もまた後光のように輝いている。
後日、遙か南の島でそのニュースを知った川平薫は膝から崩れ落ちて、こう言った。
「輝きを世界にって……こういうことじゃない」
またその頃、吉日市のとあるビルの奥底の奥底では、今までずっと現世に倦んだよう消えかけていた隠形の達人かつシルクハットの怪人がふうっと深海から浮上するようにその陰影を濃くして言った。
「いよいよまた今世が面白く、賑やかになってきましたね」
その声には久方ならぬハリが戻っていた。
ド派手な帰還がいかにもあなたらしい。




