2話 忘れられた霊能者
ようことなでしこは駅前で待ち合わせると行きつけの喫茶店、『レ・ザルブル』に赴いてお喋りを開始した。特に何ほどの用があるわけではない。
定期的に会ってお茶をするのが二人の長らくの習慣になっていた。それぞれ複雑な生い立ちを背負った犬神同士。立場の違いが生じて命がけのやり合いをしたこともあれば、共に圧倒的な敵に立ち向かったこともある。
一緒に笑い、相手のために涙した沢山の経験。
そんな経験の数々がいつしか二人をたった一言で説明できる間柄に変えていた。
つまり、無二の親友、という関係に。
その親友同士、紅茶一杯できゃらきゃらと色々なことを話す。互いの近況。季節の変わり目で衣替えをしなければならないこと。安いスーパーが閉店してしまったこと。ネットで溜まるお得なクーポンのこと。
やや主婦めいた話題が多いが、その合間にせんだんやともはね、といった川平薫の犬神たちの近況も語られる。
ようこは基本的に陽気でテンションが高く、よく笑う。あけすけなく人をくさしたりもするが、その目はどこか優しく笑っている。対してなでしこは品良く落ち着いていて口調も丁寧だが、時折、辛辣なコメントを発することがある。真逆なようでいて似たところもある女子二人。話題はどこまでも尽きないのだった。
そして小一時間ほどお喋りが続き、紅茶と別に注文したケーキもあらかた平らげたところで、なでしこは「ん~」と伸びをしてからにこりと笑った。
「今日、ようこさんとお話して英気を養えて良かったです。これからしばらくはお互い忙しくなりますものね。啓太様は明日、行われる仮名さんとのミーティングから参加ですか?」
「あん?」
「わたしは今回、現場には行かないと思います。後方支援を言いつかりましたので。まだ詳しいことは聞かされていませんが、相当な手強い相手のようですね。くれぐれも気をつけてくださいね?」
「ごめん」
ようこはこめかみのところに拳を当てて一拍おいてから、
「……なでしこ。わたし、あなたが言ってることちっとも分からない」
なでしこもまたようこのその言葉が理解できなかったようだ。ぽかんと口を開けたまま、動きを止めている。
それから、
「え? 仮名さんからお話しが、いってない、ですか?」
目をまん丸にしてギクシャク問い返した。ようこはこくりと大きく頷く。なでしこはその後、
「す、すいません! すいません!」
いきなり平身低頭、謝りだした。
「ごめんなさい! 今のは聞かなかったことにして! わたしてっきり」
「ちょっとちょっと。なに? どういうこと?」
ようこが食いつくと、
「困ります。すいません。なかったことに!」
なでしこは拳を口元に押し当てぷるぷると涙目で首を横に振った。
「ちょっとお」
ようこは身を乗り出した。
「そんな言い方されたら逆にすごい気になるでしょ?!」
ぱんぱんと手のひらでテーブルを叩く。それから散々、なだめたり、脅したり、すかしたりしてようやくなでしこから概要を聞き出した。
「細かいことは本当に。うっかり破っておいてなんですが、お国からのお仕事なので守秘義務があると思います」
なでしこがそう前置きして語ったことを要約すると、
「つまりとても大きな仕事が近々ある訳ね?」
なでしこがこくんと頷いた。
「はい。腕に覚えのある霊能者に招集がかけられている、と聞きました」
「……」
ようこが目を細めた。
「薫様は〝今までで一番、大きな仕事になるかも〟と仰ってました」
なでしこが言い添える。ようこは思案げに、
「……なのにケイタには一切、声がかかっていない、か」
「あの、本当に啓太様にはご連絡がいってないのですか?」
なでしこがどうしても信じられない、というように食い下がった。ようこはにやっと笑った。
「ない。ケイタは隠してもいない。本当に連絡がないよ」
「そんな……」
「付け加えるとね、ケイタはここ一年、カリナさんともお仕事をしていない。あ、喧嘩した、とかじゃ全くないよ? そもそもお声がかからなくなったの」
「……」
なでしこは膝に手を押し当て、身を縮めた。
それは自らがうっかり情報を漏らしてしまった反省以上に〝今までで一番、大きな仕事になるかも〟と薫が評した案件に啓太が一切、関わっていない事実がショックだったようだ。
衝撃を受け、そして同時に哀しんでいる。
「なでしこ」
ようこはゆっくりとそんななでしこに問うた。
「あなたもそう考えている? つまり」
ケイタはもう〝終わってしまった〟霊能者だと思っている?
笑いながらも逃がさない口調だった。
なでしこははっと顔を上げた。
同時刻、特命霊的捜査官仮名史郎は鎮霊局の廊下で自らの上司を追いかけていた。
「待って下さい、局長! なぜ、川平啓太の招集を認めてくださらないのですか!」
早足。大きな声で呼びかける。
「局長! お願いします! 彼の個性はこういった大舞台でこそ輝きます。どうかご再考を!」
すると廊下の先を歩く柔らかな髪質の青年が振り返った。溜息と共に、
「おまえもたいがいしつこい奴でちゅね、チロウ。わたちはおまえが言うとおり川平啓太を公平かつ厳正な観点できちんと検討ちまちたよ? そして現在の彼は霊能者として劣っている、という結論を出ちまちた。そこに手心も他意も一切ないでちゅ。以上」
独特の幼児のような口調でそれだけ告げてまたきびすを返して前に行こうとする。
仮名は慌ててその袖を掴んで引き留めた。
「ま、待って下さい。劣っている? 川平啓太が、ですか?」
信じられない口調だ。局長は今度は不愉快さを隠そうともせず仮名史郎の手を振り払った。
「なら逆にと問いまちゅ! おまえは昔から川平啓太を随分と買っているようでちゅが、一体なにをその根拠としているのでちゅか? 公的記録ではこの五年間彼はほとんど実績らしい実績など残ちていない!」
「いや、それは……」
「さらに言えば五年以前の実績とやらも実にあやふやなものばかりでちゅ。大妖狐と赤道斎による吉日市の大騒乱? それを鎮圧したのは主に前の川平宗家と今の宗家の功績でちょう? 古の神々の試練? 我々の記録には一切、残ってまちぇん!」
「で、ですが、そうだ! 死神! 新堂家に取りついた死神を」
局長は大袈裟に肩をすくめて笑ってみせた。
「はいはい、そうでちゅね。川平啓太が唯一、はっきりと結果らしい結果を残した案件でちゅね。だけど、逆にこうも言える。彼のピークはその時だけだった、と。早熟な霊能者は別に珍しいことではない」
「……」
局長はほんの少しだけ語気を和らげた。
「劣っている、という言葉が気に入らぬのなら多少の撤回はちまちょう。ただ現時点での彼は並かよく見積もってもそれよりほんの少し良いくらいでちゅ。本作戦に要求される高度な戦闘力、判断力、その他の基準を満たしているとは到底、言えまちぇん。おまえも知っている通り、今回は国の威信がかかったビック中のビックな案件なのでちゅから。それと」
そこで局長は顔をしかめた。
「五年以前の彼の記録を辿ると何度か警察署に留置されていた事実がありまちゅね? それも反社会的な全裸」
「あー。いや、まあ、哀しい事故が何度か発生したようですが」
「まあ、今更、川平啓太の過去の罪を問うつもりもありまちぇん。ただ要するに彼は能力だけではなく品位としても今回の作戦に完全に不適合なのでしゅ」
局長は最後にこう付け加えた。
「はい、おはなちはおちまい! おまえにはやるべきことが山のようにあるはずでちゅ。そんな過去の実績しかない並の霊能者のことはとっとと忘れるんでちゅ!」
それだけ言って局長は去っていった。仮名史郎は立ち尽くしたままだった。




