17話 猛襲
「なにか弁明なり、提言があれば一応は聞く」
ガミトが拳の骨を左右交互にバキバキさせながら近づいてくる。まるで巨木の枝をへし折っているような破砕音がここまで轟く。
啓太は、
「えっと、待て。すげえ、大事な話なんだ。どうしても捕まる前に聞いておきたい」
ガミトを手で制した。それから必死の表情で、
「えー、っと。えーっと。最初、会った時にも言ったけど、なんでそんなカッコしてんだ、あんた?」
「ふ」
ガミトは露骨に失望したような表情になった。ミエミエの時間稼ぎ(実際そうなのだが)だと思われたのだろう。
だが、己の強大な力に一点の曇りのなき自信を持つガミトは啓太の質問に形ばかり答える。
「オレの身体は放熱が凄まじくてな。この格好でないと霊力の行使が難しいんだ。いわばオレの正装がコレだな」
ガミトは右の上腕二頭筋を折り曲げ、左手で撫でながら言った。一瞬だけガミトの視線が啓太たちからずれる。
その刹那である。
啓太は実際には何一つ合図は出さなかった。完璧な意志の連動で、
「だいじゃえん!」
宙高く飛び上がったようこが必殺技を発動させる。先手必勝。騙し討ち上等。
しかも手加減の必要一切なし。そうでもしなければガミトととの差など到底埋まらない。
そういった啓太の意を汲んだ〝だいじゃえん〟は破格の威力で黄金のガミトを包み込んだ。超高温の紅蓮の炎が渦を巻きながらドームの天井まで一気に吹き上がる。間髪入れずに啓太が追撃を加えようとしたが、
「ち」
衣装が替わっているため普段、ポケットに入れているカエルの消しゴムを取り出すことが出来なかった。やや遅れて仮名史郎も同様のことに気がつく。彼も普段の兵装であるエンジェルブレイドを使用することが出来ない。
しかも。
「やば!」
「気をつけろ、川平!」
爆風の中から全くの無傷。むしろ高熱に炙られ、その皮膚がより艶やかさを増したかのような黄金のガミトが現れ、一蹴りで啓太の方に突進してくる。
神風の速度。回避は不能。
そんな訳はないのだが、どの身体の部位よりもキラリと光る白い歯が巨大に迫ってくるような圧迫感を受けた。
「ぬわああああああああああああああ!」
啓太は半ばパニックに陥りながらも腕をクロスさせ、ガミトの攻撃をガードしようと試みる。そこへキャノンボールサイズのガミトの握りこぶしがヒットした。
「ぐわああああああああああああ!」
腕が吹き飛び、千切れ、粉々になってしまいそうな威力だったが、刹那。
黄金色の輝きが啓太の腕の周囲で放散され、ガミトの巨岩をも砕く重く、分厚い攻撃を受け止める。
それでも啓太の足が2メートルほど後方に滑った。
「……」
啓太は呆然と己の二の腕を見つめていた。スーツがその部分だけ剥がれ落ち、素肌か剥き出しになっている。だが、まだきちんと腕はついていた。じんじんと痺れはするが、致命傷にはなっていない。そして啓太が見つめているさなかスーツは繊維の伸びるツタのように面積を増やし、再び啓太の手を完璧に覆った。
ガミトはほうっと感心したように言った。
「やはりただのコスプレではなかったか。赤道斎謹製、と言ったところか?」
そこへ。
「はああああああああああああ!」
銀のスーツを着た仮名史郎が現れた。啓太を助けようと無我夢中で駆けだした結果、ガミトの虚を突く形となったのだ。腹筋が六つの砲丸のように浮き上がったガミトの腹部に思いっきり両手でパンチを入れる。普段であれば剣先を突き出す代わりの両の拳でその代用とした。
それでも。
「!」
苦悶させるほどではない。だが、明らかにガミトが目を丸くするほどの衝撃を彼の身体に与えられた。ほんの微かだがガミトの巨体がかしいだ。
「すごい、すごい」
クサンチッペが手足をばたつかせて称賛した。
神話の世界の住人に己が一撃を加えた。仮名史郎自身、その威力に驚いている。
「ふーむ」
ガミトは姿勢をゆっくりと戻し、顎を撫でた。
「やはりそのスーツは少し厄介だな。では、こうしよう」
にやり、と笑い。
「ふぬ!」
両手を肩の上で折り曲げ、上腕二頭筋をことさら誇示するポーズを取る。いわゆるダブルバイセプスというボディビルのポーズである。
その瞬間、ガミトの肉体が何倍も一気に膨らんだように見えた。だが、それは膨大な霊圧が見せた幻に過ぎなかった。彼がやったのは単に普段は抑圧している霊気を解放しただけである。攻撃でもなんでもない。だが、ガミトの霊気の蓄積量が異常だったため、さながらダムから水が一気に放流されたかのように周囲に破壊的なダメージが与えられる。
しかも全方位で。
「ぐわ!!」
「だあああああああ!」
「きゃああああああああ!」
ふいを打たれて仮名史郎が転がる。辛うじて啓太は立っていたが二、三歩、よろめいた。
「ふぬ!」
ガミトは次のポーズを取ろうとする。それより早く、
「ようこ!」
啓太がようこの手を引っ張り、自分の背後へと隠す。同じタイミングで木彫りの人形とニワトリは勝手に仮名史郎の後ろへ逃げ込んだ。
間一髪、次の衝撃波には間に合う。
アブドミナルアンドサイ。
手を頭の後ろで組み、腹部を強調するポーズ。再び光がドーム内に充満し、一同は悲鳴を上げた。
「どわーーーーー!」
「くそ!」
「いやあああ!」
啓太と仮名史郎は腕を交差させ、バリアを展開する。ようこは目をつむり、啓太の腰元に必死でしがみついた。唯一、バリアから守られていない大殺界の部品がひしゃげ、吹っ飛び、パネルが哀しげに回転している。
『かんにんやあ! どひいいいいいい!』
その間、ガミトは次々とポージングをしていく。サイドトライセプス、バックラットスプレッド、そしてモストマスキュラー。その度に彼の巨躯を中心に光の衝撃波が打ち出されていく。啓太はすぐに気がついた。
これは啓太たちのエネルギー切れを誘うガミトの策だった。
スーツの補強機能がなくなれば啓太たちはガミトにあらがう術は一切なくなる。
(ち。がたいの割にこすいくらい手堅い手を!)
だが、相手の狙いが分かっていても啓太たちはバリアを必死で展開するしか耐える方法がなかった。スーツの衣装があちらこちらと千切れ、再生がどんどんと遅くなっていっているのが分かる。
「やば」
どんどんと肌色が多くなっていっている。もうダメか、と啓太が観念したその時。
「赤道の血よ、アレ」
ぼそっと一言、詠唱が聞こえた。次の瞬間、新たなポーズを取ろうとしていたガミトはいきなり横合いに吹っ飛んだ。あまりの速度に啓太の目には白い歯と満面の笑みのみがその場に残像として残ったように見えた。
遅れて。
ちゅどん、と砲弾でも撃ち込んだような音と振動が起こった。見ればガミトの巨体が奇怪なオブジェのように壁にめり込んでいる。
「お、おお!」
啓太が歓喜の声を上げた。いつの間にかホールの端に赤道斎が立っていた。彼は言う。
「すまんな。その怪力男によって時空がねじ切れていたので戻るのに手間取ってしまった。我が作り上げた空間だというのに」
そして啓太や仮名史郎、ようこ、そして己のシモベたちを見回して言う。
「助けに来たぞ」
啓太は不覚にも〝カッコいいな、おい〟と思ってしまったが、すぐに、
「ちなみに店の方もしっかりと助けてきた。おかげでアフターもだいぶはかどってな」
真顔で言う赤道斎に改めて思った。
「やっぱおまえ、本当にサイテーだな……」




