16話 変身、啓太!
「なんだ、これ?」
両者ともサテン地のようなつやつやした生地で全身を包まれ、手には啓太が黒、仮名史郎が白のグローブ、足にもそれぞれの同色のブーツを履いていた。
啓太の黄金のマスクは恐らくネコ科の猛獣をイメージしているのだろう。牙の意匠が頬の辺りに施され、目の光彩部分には朱色が差してある。
一方、仮名史郎の銀色のマスクは明確に骸骨がモチーフだと分かった。幾つかのパーツが巧緻に組み合わさり、おどろおどろしさの中にも洗練された印象を与える。
「……気のせいか」
その骸骨モチーフのスーツに身を包んだ仮名史郎がぐう、ぱあ、と自ら開閉させている手の平を見下ろしながら首を捻った。その後を黄金マスクを被った啓太が引き取る。
「いや、気のせいじゃねえな。明らかに俺たちの霊力が上がっている」
「うん。二人ともちょっと……ううん。すっごく強くなっているよ!」
ようこが木彫りのニワトリを胸元で抱っこしながら言った。啓太と仮名史郎は自然とクサンチッペを見る。魔導人形はくいくい腰を動かしながら説明した。
「基礎霊力の向上。パワーと耐久力のアップ。攻撃を無効化するバリアの展開。人から見られなくなるステルス機能の搭載。マスター、言っていた。これでこっそりひっそり大統領守れる!」
「なるほど……確かに目の前にコマンドみたいなのが浮かぶな。姿を消す。こうやるのか?」
仮名史郎が骸骨の顔の前に立てた指を左から右に動かすとすうっと彼の姿が薄らぎ、また右から左へ移動させると次第に輪郭が濃くなり元に戻った。
啓太がマスクの中で口笛を吹いた。
「へえ~。なんか赤道斎にしてはまともっぽく考えてるじゃん。この変身ヒーローっぽいコンセプトはよく分からないけどさ」
「要するにステルス機能で接近し、バリアで身体を張って大統領を守れ、ということなのだな。ちょっと待てよ。このスーツさえあればなにかが起こるまでずっとステルス状態で大統領に張り付いてそれで守れば良くないか?」
しかし、その方法を木彫りの人形が否定する。
「スーツ、エネルギー切れ、起こす。再起動もすぐには出来ない。燃費悪い」
こけ~、と木彫りのニワトリが羽を広げた。
「大殺界の未来予測はやはり必要ってことか」
啓太はそこでホールの奥に目をやり、その大殺界の異変に気がついた。巨大な機械はパイプから盛大に蒸気を発し、ランプを猛烈な勢いで明滅させ、パネルを激しく回転させている。
「あん? おい、あいつ多分なんか言ってるぞ?」
仮名史郎とようこを促して巨大な機械の近くへと急ぐ。パネルによる文字でしか意思表示できない大殺界はそのパネルを全力で回転させ、
『良かった。気がついてくれた! あんたら大変なことが起こってるで!』
情報を伝える。
『異様なハゲ男が向こうの通常空間からこっちの異空間に無理矢理、侵入してこようとしてるんや。しかも素手でや! どうなっとるんや!』
仮名史郎がホールの天井を見上げ、嘆息する。気のせいかホールの振動が先ほどよりも大きくなっているような気がする。
啓太は呻き声交じりに尋ねた。
「やっぱか……どうにか出来ないのか?」
『ますたーが戻らん限り無理やな。それどころか既に時空が歪みかけとる。このままでは下手をするとここが吹っ飛んだり、向こうの世界に戻れなくなったりする可能性があるで!』
げ、と啓太が声を上げる。大殺界は続けた。
『さらに言うともうこちらの時間と向こうの時間の接続がねじれて、乖離がおこっとる』
「というと? どういうことだ?」
仮名史郎が鋭く問う。大殺界は答えた。
『簡単に言えば向こうとこちらで時間経過の比率が異なってきてしまってるんや。恐らくこちらの10分が向こうの1時間くらいに相当して、その傾向はどんどんと加速している』
啓太と仮名史郎が顔を見合わせた。マスク越しなので互いの表情は確認出来なかったが、焦りと困惑に満ちていることは直感できた。なにより自分がそうだからだ。
「やっぱあのハゲオヤジをやるしかねえか。三人がかりで」
啓太が拳と拳を打ち合わせる。
「それもあるが」
それに対して仮名史郎が絶望の滲んだ声音で言う。
「このまま大統領襲撃計画の詳細が確定できないままいたずらに時間が進むと、仮にガミトをなんとかしても暗殺を食い止める手段がなくなる」
啓太が沈黙で同意する。大ホール全体の揺れはますます激しくなっている。手詰まり感が出ていた人間勢に対して大殺界はどこか恐る恐る提言してきた。
『あー、そのことなんやけど未来予測の確定をもう少し早める方法ならあるで』
しばし沈黙してから、
「な、なに?」
仮名史郎が間の抜けた声を出す。啓太が叫んだ。
「おま! なんでそれを先に言わねえんだよ! というかどうすればいいんだ?」
『いや、わい、複数の未来予測をすればするほど累乗的に演算が遅くなる言うたやろ? 今、大統領暗殺のタイミングと方法以外にもますたーに命じられて、ますたーが通っている店の女の子との最適のデートプランや店の今後の経営予測、その女の子が推してる俳優の今後とか324項目同時に占っていて』
「とっとと全部、キャンセルしろ!!!」
啓太と仮名史郎が異口同音に命じる。大殺界は気圧されたように、
『ら、らじゃー』
そして、蒸気を上げ、ランプを光らせ、
『演算開始』
計算に集中する。
その様子を見ながら啓太が憮然と、
「仮名さん。俺、全部、終わったらとりあえずあのアホ魔導師、ぶっ飛ばす」
そう言うと、
「ああ。及ばずながら力になろう」
普段穏健な仮名史郎も暗い声で同意した。そして二人がそんなことを言っているさなか一度、この異空間の出入り口だった地点へ戻っていたようこが声をかけてきた。
「ケイタ! 来る! もうじきここ壊れるよ!」
ほとんど同時に膝ががくり、とつきそうになるほどの大きな振動が一度起き。
ぎい、ぎい、ぎい。
不快な異音を立てて壁から巨大な腕のみがニョキリと突き出てくる。ようこは慌てて啓太たちのいる方向へ逃げ出した。クサンチッペ、ソクラテスもそれに続く。その間、てらてらと輝く禿頭。満面の笑み。肩。上半身。右足。左手。下半身。左足の順番でガミトがこちらへ具現化してくる。
比喩ではなく啓太たちは身体を寄せ合い、軽く震えている。戦力差以上に相手の見た目が怖い。
こちらの空間へ最後まで移動しきったガミトは両手を広げ、白い歯を見せる。
「さて。これで詰み、かな? 袋のネズミ諸君」
啓太が小声で呟いていた。
「どう考えてもばけもんだよなあ」
心の底からの溜息交じりだった。




