15話 赤道斎の本分
「ふむ。少しだけ探した」
破砕した窓ガラスの破片が宙にキラキラと漂う中をゆっくり、笑顔で歩み寄りながら、
「高名な大魔導師、赤道斎とお見受けした。その者たちの身柄をこちらへ」
だが、ガミトは最後まで言い切ることが出来なかった。赤道斎がぼそっと、
「無礼者だな」
そう呟き、片手を上げたのだ。
「赤道の血よ、アレ」
その瞬間、赤道斎の手の平から赤い光の爆発が起こり、放射状に広がったそれはガミトの胸元で収束した。そしてその光はガミトを先ほど飛び込んで来たのと同じくらいの勢いで吹っ飛ばす。ガミトの巨体が爆風を帯び宙を浮く。彼は手足を真っ直ぐに突き出し、驚いた顔のまま夜空の彼方へと消え去った。
「すげえ!」
啓太は目を丸くして叫んだ。
「やっぱあんたすげえ!」
正直なところガミトは啓太、仮名史郎、そしてようこが三人束になってもどうこう出来る相手ではなかった。そんな怪物をふいをついたとは言え、いともたやすく退けたのだ。
「さすが大魔導師の面目躍如と言ったところか……」
仮名史郎が額の汗を拭ってほっとしたように言った。だが、赤道斎は首を振った。
「いや、やつには恐らく毛ほどのダメージにもなっていまい。じきに戻ってくる」
彼は先ほどの異空間に繋がる扉を指した。
「あそこに逃げ込め。空間を閉じれば籠城も出来よう。先ほど言いかけた大統領を救う手立ても既に用意してある」
「ちょ、ちょっと待て。あんたはどうするんだよ?」
「私か?」
赤道斎は悪びれることなく告げる。
「私は予定通り、店の売上げに貢献してくる」
「ん、な」
啓太は一瞬目眩がして、くらっとよろけかけた。それから我慢しきれず赤道斎の胸ぐらを掴んだ。
「おまえ、この状況でまだそんなことをー!」
「いや、しかし、店の売上げも大事だし」
赤道斎は顔色を変えずしれっと言う。啓太は赤道斎をガクガク前後に揺さぶりながら、
「明らかに俺たちの方が切羽詰まってるだろうが!」
しかし、ようこと仮名史郎の方が見切りが早かった。
「ケイタ、早く逃げよう!」
「言いたいことは分かるが、後だ!」
啓太を半ば強引に抱きかかえ、異空間へと突進していく。赤道斎は襟元を直すと、
「では、売上げが立ったらまた戻ってくる。クサンチッペが全てを心得ているのでアレからなんでも聞くように」
そして手を振り、スイートルームの出口へと向かっていった。啓太はビブラートの利いた罵声を残しながら隣の異空間へと連れ込まれた。
「ば~かやろお~~~~~!」
大殺界が安置された異空間に戻った瞬間、ようこが啓太の袖をぐいぐい引いて警告してきた。
「ケイタ、来る! もう来てる!」
今度は啓太も仮名史郎も感知していた。大津波のような膨大な霊気がこちらへ接近しつつある。恐らく先ほどと同じようにまたビルを次々と跳躍しながらガミトが近づいてきている。
彼が浮かべているであろうつやつやとした満面の笑みまで勝手に脳裏に思い浮かんだ。
「どうしたらこちらと向こうを遮断できるんだ?」
仮名史郎が焦ったように周囲を見回すと、
「あいあい。そこのバルブを回すよー」
カタカタと足音を立てて啓太たちのそばに木彫りの人形が現れた。啓太と仮名史郎は一瞬、身を固めたが、すぐにこの木彫り人形の素性を思い出した。クサンチッペ。赤道斎に最も古くから付き従う魔導のシモベで仮名史郎が啓太たちと合流する前に破壊した木彫り人形のプロトタイプである。
赤道斎が後事を託したのもこの人形だ。
啓太と仮名史郎は間髪入れずにその魔導人形が指さしたバルブに飛びついた。どうやらこれを船の操舵輪のように回転させれば良いらしい。
「ぐぬ!」
「うおおおおお!」
「わたしも手伝う!」
ようこまで飛びついてかなり重たいそのバルブを三人がかり、必死で締める。その間、ガミトがあっという間に距離を詰めてきている。刹那の間に最後の跳躍を終え、先ほどまで啓太たちがいたスイートルームに辿り着く。さらに床を蹴り、閉じかけた空間の隙間を通ってこちらに飛び込もうとしてくる。
「あと」
「もう少し!」
啓太たちは懸命にバルブを回す。力を入れる。笑顔のガミトが、指先を伸ばしてくる。
「ぐおおおおおおおお!」
火事場の馬鹿力的なパワーを啓太が発し、一気にバルブは回転した。その瞬間。
火花のような閃光。
ごうん、とすさまじい衝撃が走り、啓太、仮名史郎が倒れ込み、体重の軽いようこは啓太の上に投げ出された後、ゴロゴロと床を転がった。
ようやく落ち着いた三人が呆然と見上げると元々扉があった場所はただの壁になっていた。
どうやら空間と空間が閉ざされた所にガミトがぶつかったらしい。その余波と衝撃がこちらまで伝わってきたのだろう。三者一様に青ざめている。
「と、とりあえず助かったのかな?」
啓太が他の二人に確認を取ったその時。
ごうん。
ごごごごごうん。
異音が辺りに響き、ほんのわずかだが大ホールのような異空間が揺れ動いた。
「おい、これはどうなってるんだ? なんか不具合でも起きているのか?」
啓太が魔導の木彫り人形を問いただす。クサンチッペは頭を高速でぐるんぐるんと回転させながら答えた。
「わからないわからないわからない」
手足をくいくい左右にスライドさせ踊っている。どうやらこの小刻みな振動はイレギュラーなモノらしい。ふいに仮名史郎が呟いた。
「もしかして」
およそ最悪の推測を口にする。
「素手でこじ開けようとしているんじゃないのか? 向こう側から異空間を。力尽くで」
啓太とようこはぞっとしたように顔を見合わせた。啓太がぼやく。
「あのおっさんならいかにも、だな……つくづく人間止めてるぜ」
そして気を取り直し、クサンチッペに今一度、質問した。
「おい、なんかバリゲードみたいなのを張れないか? もっと結界を強くする方法とかないか? つまり赤道斎のアホが戻ってくるまでここで時間稼ぎをしたいんだが」
「わからないわからないわからない」
クサンチッペは先ほどの踊りを一通り踊り、啓太をいらっとさせた。続いて予想だにしないことを言う。
「だから、もしますたーが戻る前にここにあいつ、入ってきたら戦う。迎え撃つ」
「は?」
「ますたーから言われてる。強くなれる。大統領、守れる。方法、一緒」
「どういうこと、だ?」
仮名史郎も困惑している。クサンチッペは手を上げた。
「ソクラテス、かもん」
するとこの大ホールのような空間の天井から一つの小さな影が羽ばたきと共に舞い降りてきた。
「こけ~!」
それはクサンチッペと同じように啓太たちにも見覚えのある魔導の木彫りニワトリだった。煙と共に衣服を自在に変化させる特殊能力を持っている。啓太などは一度、スクール水着にバニーガールという常軌を逸した姿に変えられ、官憲に咎められながら往来を走ったことがある。
「こいつもいたのか……」
啓太が軽く呻く。ソクラテス、という名前の木彫りの人形はまず啓太の頭に止まると、
「こけーー!」
羽を広げ、続けて仮名史郎の頭に着陸し、
「こけーーー!」
二人をあっという間に白い煙で覆った。不意を打たれた啓太と仮名史郎は腕を振るい、のけぞり、叫ぶ。
「ぶわ!」
「な、なにをする、いきなり?」
そして二人が軽く噎せたりしている間、視界がクリアになると、
「へえ! カッコいい」
ようこが感心したようにぱんと手を打った。啓太と仮名史郎はそれぞれ金色と銀色のスーツにフルフェイスのマスクを被ったいわゆる変身ヒーローのような姿になっていた。




