14話 ガミト襲来
一度、異空間から元のスイートルームへと戻って、啓太は本当に遠慮なくルームサービスを注文した。和牛フィレステーキ500グラムと極上エビフライ、ライスをたっぷり。それらを合体させてメニューにないステーキ丼エビフライ乗せを造り、ガツガツとかっ込んでいる。ついでによく冷やした緑茶をジョッキでグビグビ呷っていた。
一方、ようこはこのホテルの超一流パティシエが作った色とりどりのマカロン(深夜なのでチョコレートケーキはなかった)をオーダーし、届いた現物を見て、
「きゃあ、かわいい♪」
啓太の携帯を借り受け、パシャパシャ写真を撮っている。
そんな元気いっぱいな二人に対して仮名史郎はひっそりとただ紅茶を飲んでいた。
啓太がもぐもぐ口を動かしながら、
「なにか食わんの、仮名さん?」
そう尋ねると、
「食欲が、な」
苦笑して首を横に振った。
「大統領のこともそうだが、パペットマスターによる汚染がどの程度まで進んでいるのか想像すると身の毛もよだつ。鎮霊局はもちろん警察や大統領周辺の関係者、そこら辺の一般人もやつの傀儡になってている可能性があるからな」
考えてみたらルームサービスを届けに来たスタッフですら100%信用は出来ないのだ。
(パペットマスターがその気になればなにか毒を盛られる可能性もあるのだな)
そう考えると急に高級な紅茶も苦く感じられ、仮名史郎は顔をしかめた。一方、
「まあ、事件が全部解決すればそれも全部解決するんだし、別に今考えなくてもいいんじゃない?」
ステーキのソースが絡んだ米を一粒残さず皿からかき集めながら啓太は気楽なことを口にした。こちらは一向に食欲が衰える気配がない。
仮名史郎の顔はますます曇っていった。
「それはそうだが……そもそも我々には大統領の襲撃タイミングと手段が分かっていてもそれを防ぐ手立てがないんじゃないかということにも改めて気がついてな」
その仮名史郎の不安にグラスでシェリー酒をちびりちびり嗜んでいた赤道斎が応えた。
「ちゃんと対策はあるぞ」
「え?」
驚いた顔の子孫へごく当たり前の顔で、
「当然、手立てはある。パペットマスターの攻撃を防ぐ手段も幾つか用意している」
「おー、さすがじゃん。ちなみにどんなの?」
啓太が口元をナプキンで拭きながら尋ねる。赤道斎が答えた。
「まずわざと殺される、というのがある」
「は?」
啓太が声を上げ、仮名史郎が眉をひそめた。
「受け入れられぬか? だが、我は効率的に大統領の命を救うだけならこの方法がもっとも適していると思う。一度、死んで見せることによってパペットマスターの油断も誘える」
「ん? 待って。大統領のダミーでも用意するのか?」
「違う」
赤道斎は首を横に振った。
「死自体はどうにもならないが、皮膚や骨の多少の損傷なら我でも治癒できる。もっと言えば決定的な死に至らなければ粉みじんになっても再生も出来る。だが、そのために脳や心臓など重要な臓器をあらかじめ別の場所へと移転させておく必要がある」
「……あんた、そんなこと出来るの?」
「臓器の移転は違う」
赤道斎はようこを真っ直ぐに指さした。
「出来るのはその犬神の娘だ。正確には我との共同研究で出来るようになった。人体のパーツの一部だけを我の用意した特殊な容器の中に〝しゅくち〟出来る。もちろん臓器などは生きたままだ」
「……」
啓太がジトッとようこを見ると、ようこは〝え? なに? なんのこと?〟とでも言うように口元に両の拳をあて、潤んだ瞳でこちらを見返してきた。
啓太は怪しんでいる。
(なんでこいつ、そんなこと研究してたんだ?)
だが、啓太がようこに追求をかける前に仮名史郎が腕を組み、苦渋の顔で却下した。
「いや、その方法はリスクが大きすぎる。仮に大統領の命だけは救えたとしても起きた社会的混乱はとうてい収まりきれるものではない」
「ふ、む」
赤道斎は顎に手を当てた。
「社会的混乱、か。確かにそのような側面は我の知るところではない。考えていなかったな……なら、次善の策だが、おまえか川平啓太に気張って貰おう。詳細は先ほどの空間で話そうか」
その時、電子音が赤道斎の懐から漏れた。彼は胸ポケットから携帯を取り出すと自然な仕草で答えた。
「私だ」
啓太は現代文明の利器を涼しい顔で使っている赤道斎にやはり奇異な印象を覚える。
それから自分を納得させるように、
「まあ、それだけ現世に適応した、ってことか。仮名さん、一時期、赤道斎や大妖狐の面倒を随分と見ていたもんな」
仮名史郎に声をかけた。だが、仮名史郎は聞こえていないようだった。なぜか不安そうな表情で赤道斎が電話する様子を見つめている。
やがて無表情に「ああ」だの「うん」だの言っていた赤道斎が通話を終え、出し抜けに、
「私は行かなければならない」
席を立った。啓太は驚いて目を丸くしている。仮名史郎は手で顔を覆っていた。その間、赤道斎はジャケットを羽織り直すと真っ直ぐに出口へ向かおうとする。
「は? ちょっとちょっと? なに?」
啓太も慌てて立ち上がり赤道斎の前で両手を広げて立ち塞がった。
「俺たちがなんかやるんだろう? その説明もせずにどこへ行くんだよ?」
「……」
赤道斎は真っ直ぐに啓太を見つめた。
「愛する者が」
ふっと微笑む。
「困っている。行かせて欲しい」
ぞわっと啓太の背中に悪寒が走った。それでも彼は強く赤道斎を睨む。
「それは――大統領の命を護ることより大事なのか?」
「ああ」
啓太はそのあまりにも真っ直ぐな視線と答えに思わず、手を下ろしかけた。
だが、次の一言で「ん?」と小首を傾げる。
「彼女の店の売上げが立たないらしくて私が行かねばならない」
「は?」
「聞こえなかったのか? 彼女は酒類を嗜む店の従業員でな。ノルマを達成するために、時々、私に応援を頼むのだ。店の名は〝愛ギンギンメイド〟」
「って、明らかにキャバクラとかの類いだろ、それ!」
「確かにそのような業態だが、彼女自身は感心でな。まだ二十歳そこそこなのに病気の母親の手術費のために必死で働いていて私もその支援を少々」
「しかも騙されてるし! 明らかに騙されてるし!」
「この子がそんなことをするように見えるか?」
赤道斎はややムッとしたように携帯で女性の写真を見せてきた。明らかに還暦を超えたメイド服の女性がツインテールを結って、両頬に指を当てるぶりっこポーズを取っていた。
「ぜったい、どう見ても、二十歳じゃねえよ! あんた目が腐ってるのか!」
「ぬう」
不満そうな顔の赤道斎。啓太は仮名史郎を振り返り、
「おい、仮名さんもなんか言ってやれよ!」
そしてぎょっとした。仮名史郎ははらはらと落涙していた。
「な、なに、どうしたの?」
「いや」
仮名史郎は涙を手で拭いながら言う。
「我が先祖ながら心の底から情けなくて」
「まあ、分かるけど」
「えらい言われ方だな」
男勢が三者わいわいやっていたその時。
「!」
ばっとようこが顔を上げた。それに反応できたのは赤道斎のみだった。人間を遙かに超える知覚能力を持つ二人のみ見えている。遙か先のビルから小手をかざしてこちらを覗いてくる存在がいる。
何キロも先。その空間を、
「ケイタ、来る! さっきの」
ようこの切羽詰まった声。その言葉が最後まで発せられる前に幾つものビルの天井をまるで踏切板のように次々と跳躍しながら一気に距離を詰め。
「うわああ!」
とんでもない破砕音と衝撃で仮名史郎がのけぞる。強化ガラスで作られた天井まで届く窓をまるで砲弾のように丸めた身体でぶち破り、その男、黄金のガミトは部屋の中に飛び込んできた。啓太がさっと逃げる先を目線で探す。
その間、ガミトはゆっくりと立ち上がった。




