12話 赤道斎のイマ
地図アプリに誘導され、辿り着いたのは都心の大きなホテルだった。啓太は目の前のいかにも高級そうな建物と打ち込まれた住所を交互に確認した。
やはりここで間違いない。
彼に遅れること数分で仮名史郎が合流する。啓太がなにか言おうとする前に仮名史郎は無言で啓太を誘い、自動ドアをくぐってホテル内へと入る。そして手慣れた感じでフロントではなく、コンシェルジェが立っているデスクへと向かう。
すると金モールのついた制服を着た若い女性のコンシェルジュが、
「これは仮名様」
笑顔で会釈をした。そして目線で啓太を確認する。仮名史郎は落ち着いた声で、
「連れです」
そう告げた。コンシェルジュは頷いた。そして先頭に立って二人を高層階直通のエレベーターへと先導した。啓太は呆気にとられていた。
透かし彫りが施されたエレベーターの扉が閉まる直前、コンシェルジュは深々とこちらに向かって頭を下げていた。仮名史郎は最上階のボタンを押す。
「ここにいるのは〝あの〟赤道斎なんだよな?」
二人っきりになった時に啓太が念を押すと、
「〝あの〟赤道斎だ」
仮名史郎がどこか苦い顔で頷いた。
「赤道斎の霊的技術は今や鎮霊局にとって大きな金脈となっているからな……金の卵を産むガチョウはそれなりに遇しようということなのだろう。局長はやり手ななのだよ」
「なるほどねえ」
啓太は感心していた。ようこから〝しゅくち〟の改良のために赤道斎の元へ通っているとは聞かされていたが、かつてのヘンタイ大魔導師がこんな場所に住んでいるとは想像だにしていなかった。どうやら自分が知らない間に色々と変化があったようだ。
ちん、と音を立てて、エレベーターの扉が開く。仮名史郎はマーブル模様の大理石の床とオーク材の柱というシンプルなあしらいのエレベーターホールを通り、正面の扉を軽くノックする。
「入るぞ」
そして返事を待たずに中へと踏み入っていった。扉の奥の空間は青いファブリック生地のソファやメタル製のテーブルが並んでいるシャープでモダンな印象だった。
そしてそのソファの上でようこが素足をお腹の辺りまで引き上げ、丸まるようにして座っていた。
手にはオレンジジュースの入ったグラスを抱えている。
「意外に早かったねえ~、ケイタ、カリナさん」
のんきに手を振ってくる。
彼女は直接、飛んでやってきたため、一足も二足も早く辿り着いていたのだ。
そして啓太は気がついた。床から天井まで届く高く、大きな窓ガラス越しに大都会の夜景を見ている人物がいた。
仕立ての良いスーツを着熟したその男はくるりと振り返ると、
「我が不詳の子孫。それに川平啓太。久しぶりだな」
ゆっくりと近づいてくる。仮名史郎にそっくりな端正な顔に胡乱な表情を浮かべ、はっきりとその男。
天下の大魔導師、赤道斎は言った。
「犬神のようこから……そして我、独自の調査から全ての状況を把握した。パペットマスターによる国賓への暗殺の可能性。この国の一大事だな。喜んで我が力を貸そう」
啓太は疑い深そうに半目になった。
「運命の波動、天体の軌道、過去のパペットマスターの犯行データ、半径100キロの霊気の律動、警備体制及び地形の分析、およそ入手しうる全ての情報を我の大傑作、大殺界リブートに既にかけ始め、解析を行っている。大統領暗殺の手段と時刻を正確に判別出来れば」
「ちょ、ちょい待ち!」
啓太はべらべらと喋り始めた赤道斎を手で制して言った。
「ごめん。やっぱりちょっとごめん。ちょっと腑に落ちなくてさ、言ってることが全然、頭に入ってこないわ。まずなによりしばらく会ってない間にあんたキャラ変わってないか?」
啓太は申し訳なさと不信感のない交ぜになった目で赤道斎を見る。
「こうしてやってきておいてなんだけど、なんでそんなにあっさりと協力してくれるんだ?」
今の赤道斎は仕立ての良いグレーのスーツを着て、艶のある髪を自然な形で下ろしている。
仮名史郎がヨレヨレのボロボロである今、彼とそっくりな顔の赤道斎の方が遙かに若く見え、男ぶりも上に感じられる。また啓太は今更気がついたが、比べてみると赤道斎の方が仮名史郎より背がやや低かった。
「……」
赤道斎は胡乱な目で啓太を見つめた。この得体の知れない目つき以外はスイートルームに起居するのが似合ういかにも人生の成功者といった風情である。
「ケイタ、だから、ギジュツコモンは愛を知ったんだってば!」
ようこがソファから口を出してくるのを赤道斎が手で制した。それから淡々とケイタに向かって説明する。
「不思議か? だが、我は元々、魔導の追求と究極の自由を求めていた以外は感情的な意味で官憲と対立していた訳ではない。あの愚かな大妖狐と異なり、過去にも必要に応じて時の権力と協力し合ったし、それは決して一度や二度のことではない」
「……なるほど」
「加えて犬神のようこが言うように我は〝愛〟を知った。遅まき、恥ずかしいことだが、これを真理と心得ている」
「!」
啓太が知る限り〝愛〟などという単語とはもっとも無縁な男が悪びれることなく、その言葉を口にしている。
赤道斎は相変わらず感情の読めない表情で付け加えた。
「〝愛〟ゆえに我はこの国に帰属し、地位を得、通貨を取得せねばならない。定められた法の範囲内で」
「へ、へえ。あんた本当にまともになったんだな」
啓太は好奇心で尋ねてみた。
「そもそもどういう素性の人なの?」
赤道斎は心なし誇らしそうに、
「心優しい娘だ。病気の母を介護しながら働いている。出会ったのは」
そこでふいに仮名史郎が声を張り上げた。
「そんなことよりパペットマスターの件を優先して頂きたい! 私的事情はあとに!」
啓太は不審そうに仮名史郎を見たが、彼はすっと気まずそうに視線を逸らすだけだった。
「……分かった」
赤道斎は気分を害することなく頷いた。
「確かにその通りだ。では、こちらに。詳しく対策を話そう」
先導して隣の部屋へと向かった。後を追いかけた啓太は扉をくぐり抜けた瞬間、息をのんだ。
「うお!」
普通に洒落たベッドルームにでも続いているのかと思ったが違った。そこはちょっとした劇場くらいの高さと広さを伴った霊的な空間だった。天上は丸みを帯びたドーム状になっていて星のような光が無数に明滅している。
奥にはどこかで見覚えのある巨大な機械が歯車を回転させ、蒸気を吹き上げながら稼働している。
「お、おお」
啓太は呻いている。この場所に込められたとんでもない量の霊力に少しばかり鳥肌が立っていた。
「時空を少しばかり弄ってホテルの部屋と繋げている」
赤道斎はなんでもないことのように平坦な口調で告げる。啓太の後から入ってきたようこも仮名史郎も目を丸くしていた。
「川平啓太」
赤道斎はふと思い出したように啓太を振り返った。胡乱な顔ににやあっと溶け崩れたような笑みが浮かんだ。スイートルームにいた時の体裁の良さが消えさり、そこにたった一人で天下を騒擾した大魔導師の風貌が戻っている。
「今回、おまえを手伝う理由だがな。あえてもう一つ付け加えると気に食わないというのがある。#伝え聞くパペットマスターなどという小物のやり口がな」
「……」
啓太はしばし黙ってから同じように笑う。
「その点に関してだけはどーかんだ」




