11話 大統領を守れ!
啓太が仮名史郎に全てを伝え終わる頃には黄金のガミトをなんとか振り切ったようこも合流してきていて、啓太の膝の上に頭を乗っけてうんうん唸っていた。どうやら持っていたエネルギーを使い果たしたらしい。
なにしろ隣の県まで超高速で滑空した後、亜成層圏まで一気に急上昇したのだという。
さすがに啓太もようこの背中を気の毒そうに撫でていた。ガミトはとにもかくにもビジュアルにインパクトがあり過ぎた。体力を消耗したのは怖かったという理由も大きかっただろう。
今度は仮名史郎が一通り今まで起こった出来事を啓太に告げ、二人は全ての情報を共有し終えた状態となった。
そして悟る。
「これってもう事実上、詰んでないか?」
胡座をかいた啓太が天井を仰ぎ、腕を組んで唸る。
「大統領は命を狙われているが、誰がいつどのようにやってくるかも分からない。誰が敵かも分からない。誰が操られているかも分からない。敵の手段も、暗殺を実行するタイミングも全て不明。おまけに仮名さんは鎮霊局全体からパペットマスターに操られている手先と認識されている……つうか」
ジトッと仮名史郎を見つめる。
「あんたが本当にそうなってないって保証もないしな」
「な!」
仮名史郎はむっとしたが、啓太の指摘を覆す根拠もないので肩の力を落とした。
「……まあ、言われてみれば確かにその通りだが」
「そもそもさ、パペットマスターって一体どうやって人を操るんだ? 操られている人間になにか特徴は? なんか対抗策はあるのか?」
「不明だ。全て分からない。ヨアキム・クオーターメンならなにか掴んでいたのかもしれないが……残念ながら彼は10年前にパペットマスターと戦い死亡した」
「ヨアキム……だれ、それ?」
啓太の問いに仮名史郎は答える。
「アメリカでかつてもっとも尊敬を受けていた霊能者だ。〝マスター・オブ・ハイアスト〟の尊称を得ていた。先ほど話した〝FEARS〟を設立したのも彼だ」
「なるほど」
啓太はしばし考えてから言った。
「だったらさ、その〝FEARS〟とは直接連絡とれないの? もしかしたらそいつらがパペットマスターのもっと詳細な情報を持ってるかもしれないし、少なくとも鎮霊局自体がやばいことになってるぞって警告は出せるんじゃない?」
「ふむ」
仮名史郎は顎に手を当て頷く。その啓太の提案は一考の余地があった。
「あいにく先方との直接のチャンネルは持ち合わせていないが、どうにか――出来ないこともないか」
「それと一番、肝心の大統領のスケジュールはどうなってるんだ?」
啓太の重ねての問いに仮名史郎は携帯にダウンロードしておいた資料を確認する。
「現在、エアーフォースワンで日本に向かっているところだな。明日……いや、もう今日か。今日の11時に空港に到着。その後、リムジンで空港から迎賓館へ。迎賓館で馬淵首相と通訳のみを交えた二人だけの昼食会を行った後、日米友好の記念公園へ向かい、そこでプレスコンファレンスを行う予定になっている。以後は再び迎賓館に戻り、閣僚を交えた晩餐会。そして二十一時には全ての行事を終える予定だ」
二日目は、とさらに続けようとした仮名史郎を啓太が手で制した。
「いや、とりあえずそれで十分だろ。俺は分かったよ。んで、仮名さんもよく分かったろ? 俺らだけじゃとても無理だ。手がかりを得ることすら出来ない」
「……」
仮名史郎も黙然と頷いた。あまりにも条件が難しすぎた。しかも鎮霊局が敵に回っているので表だって動くことすら出来ない。今、こうしている間にも追っ手となったガミトが戻ってきて、その扉をぶち破ってくる可能性だってあるのだ。
「うーん」
「どうしたものか」
啓太と仮名史郎は全く同じ姿勢で腕を組み、それぞれ天井と床を見つめ、唸る。男二人が完全に思考の袋小路に入ったのを認めて、啓太の膝からむっくりとようこが起き上がった。
彼女は疲労から大分、回復してきたようだ。はしゃいだ声で指を一本立て、言う。
「ねえねえ、ギジュツコモンに相談してみようよ」
いかにも名案を思いついた、という感じなのだが、男二人の表情は一気に渋いものになった。
「おまえが言うギジュツコモンって、アレか」
「あの男はなあ、出来ることなら頼りたくないというか」
「なんでなんで? だってさ、ギジュツコモンならなんとか良い方法を考えてくれると思うよ。というか、オトサンが日本にいないし、今、私たちの味方になってくれそうな人の中で一番、力があるのはあの人でしょ?」
うーん、うー。
啓太と仮名史郎は心底、イヤそうな顔になった。
現、鎮霊局技術顧問。
かつては赤道斎と呼ばれた大魔導師である。人の身でありながら神霊のような存在である大妖狐とほぼ互角に殴り合い、渡り合った破格の魔力を誇る。
と、同時に常に下半身を露出し続け、世界を痴態色に染め上げようとした究極のド変態でもある。
それが最近はどういう心境の変化か、鎮霊局の技術顧問に収まり、様々な霊具を開発したり、後進たちに助言を行ったしているという。
「いや、ぜってえ、なんか企んでいるんだろうな」
とは、啓太の言。
「……本来、体制側がコントロールできるような人間ではないのだ」
仮名史郎は一応、先祖でもあるので複雑極まりない顔つきになっていた。
だが、二人とも理解はしていた。今回ばかりはようこが絶対的に正しかった。たとえどんなリスクがつきまとおおうと今は赤道斎の助力がないと完全に手詰まりとなってしまう。
男二人の逡巡を解消しようとようこはさらにこう言った。
「だいじょうぶ! ギジュツコモンはきっと私たちを助けてくれるよ。だって」
晴れやかに、
「あの人、真実の愛を知ったんだもん」
その言葉で啓太は一層、胡乱な顔になり、仮名史郎は何故か両手で顔を覆った。
だが、最終的に三人は赤道斎の力を借りる、ということで意見を統一させた。
一度、方針が決まればもはやここでじっとしていても仕方ない。とりあえず隠れていた物置から順次、抜け出し、赤道斎が現在、住居として使用している場所まで目立たぬよう個別に向かうこととなった。
まず啓太。首都での土地勘はほとんどないが携帯の地図アプリに仮名史郎から教えて貰った住所は打ち込んだ。方向感覚が良いのでまず迷う心配はない。
「じゃ」
片手を上げてささっと闇へと消え去っていく。隠密行動が色々な意味で手慣れた感じだった。ようこも仮名史郎も彼の心配はほとんどしていなかった。
五分ほど時間を置いてようこが空へ飛び立とうとする。その時、仮名史郎が待ったをかけた。
「ようこくん、少し聞いて良いか?」
「ん? どしたの? カリナさん?」
仮名史郎は改まった態度を取っている。ようこは一度、つま先から地面に降り立ち、彼ときちんと向かい合った。仮名史郎は深々と頭を下げた。
「今回は二人の尽力に心から感謝する。先ほど川平と話していた時に思ったが彼の決断を最終的に後押ししたのはどうやら君の一言だったみたいだな?」
「うふふう」
ようこはなぜかにやあっと笑った。それ以外特になにも言わない。仮名史郎は不思議に思い、
「なぜ、君はそうしてくれたのだ? つまり今回の案件へ積極的に加担しようと思ったのだ?」
正直なところ、ようこは未だに社会正義などとは遙かに無縁の存在である。彼女の根っこの本性は荒れ狂う化生。恐らくアメリカ大統領がどうなろうと本質的な意味ではどうでも良いのだろう。
だが。
「だってさ」
ようこは言う。
「そろそろ面白くないじゃん。ケイタがみんなから分からないままでいるのが」
そしてぱっと消えた。最後ににっと笑って。
「……」
その言葉の意味を仮名史郎は考える。それから、
「なるほど」
幾度も頷き、
「なるほど」
微笑み、己もゆっくりと前に向かって歩き出した。啓太とようこが味方にいることで彼の心身の疲労はいつの間にかかなり軽減されていた。
一方、啓太は茂みから茂み。物陰から物陰へとささっと移動を繰り返している。見事なのは気配をほぼ完全に断っていることだった。やっていることは大きなゴキブリのようだが、レベルはかなり高い。
彼はその動作を繰り返しながら脳裏で考えていた。
(あいつ、俺たちの居場所分かるかな……)
先日、川平薫とオンラインで会話をしていた時、最後に彼が告げた内容を思い出す。
〝啓太さん。本当に申し訳ないけど僕たちは今回、手伝うことが出来ない。でも、一人だけ〟
先ほど薫の犬神たちの中で一人だけ映っていなかった小さな存在がいた。
〝本人のたっての要望であなたの元へ向かった子がいる。役立たせてあげて欲しい〟
彼女の合流がいつになるのか分からない。啓太はそれを心配していた。
(ともはね。あいつそそっかしいからな、割と)
そして薫はこうも付け加えていた。
〝啓太さん、今回の件、いつか必ず埋め合わせをする。でも、もしかしたらこれは絶好の機会なのかもしれない。どうかもう一度、あなたの輝きを世界へ見せて欲しい。みんなきっとそれを待ち望んでいるんだ〟
啓太はそのことを思い出し、苦笑する。
「輝き、ねえ」
真顔に戻り、
「なに言ってるんだ、あいつ?」
小首を傾げた。彼はこの時点ではまだ全く分かっていなかった。己が世界に対してどう輝くのかを。




