勇者ですが何か?(34)カスガへの道中ですが?
生い茂る木々の中、舗装が剥がれてきた道を少年と少女は重い足取りで歩いていた。
アリアーハンの街を旅立ち、タロウとアイリーンの旅は早くも1週間が経とうとしている。
「はぁ、何でこうなったんだ……」
「仕方ないでしょ、あんたがバッグに食料入れさせてくれないからよ」
タロウの言葉に、下を向いたまま歩くアイリーンは答える。
2人の顔からは全くもって元気な雰囲気は漂っていない。
と、不意に呻くような低い音がタロウとアイリーンの2人のお腹から鳴り出した。
「……お腹が空いた......」
アイリーンのぼやきに遂にタロウは頭上の木々の間から顔を覗かせる太陽に叫んだ。
「食べ物プリーーーズ!」
ー勇者ですが何か?ー(34)
緑に覆われた頭上からその隙間を縫って木漏れ日が差す。
いつもは風が流れ、枝葉が擦れ合う音や、鳥の鳴き声が聞こえ、生き物たちの足音が小さく響いているこの森に、今は喧騒がしていた。
「なんで私が悪いことになってるのよ! あんたがバッグに入れてくれれば問題なかったわけでしょ!?」
「だから〜、俺のバッグに何故メシを入れたがる? アイリーンもバッグ持ってんだから入れときゃ良かっただろ! それに何度も言ってるが付いてきたのはお前! 俺は勇者で、お前は従者! 言ってる事お分かり?」
「うっざ! 私は従者じゃなくて騎士! 野盗や魔人に突然襲われた時に私のバッグ入れてたらどうなる?邪魔でしっかり戦えないでしょ!」
「どうせ当たりゃしないんだから荷物持ちだけしてろ!」
ーー事件の始まりは、前日に溯る……。
アイリーンはアリアーハンの街を出る前にカスガまでの道中の食料を、これでもか! と言うほど持って来ていた。
他の生活道具や武具の手入れ道具がバッグに入っている為、一部の食料品は袋に入れてバッグとは別に持っていたのだが、袋を持つことにより、剣を握ることが咄嗟にはできない状態になり、その状態を改善するためにはタロウが背負っている魔法のバッグに荷物を入れれば、万事解決と、アイリーンはタロウに食料品、はたまた、アイリーンのバッグも含めて全ての荷物をタロウの魔法のバッグに入れるように頼んだ。
しかし、タロウは自分だけが物を持っているような空気になって、アイリーンが楽をしてるように見えるからと、それを拒否。喧嘩が勃発し、アイリーンは結局、自力で荷物を持つことに。
そして口喧嘩をしたまま野宿を行ったのだが、声がうるさかったのだろうか、森に生きる野生動物がアイリーンのバッグから漂う食べ物の匂いに惹かれたようで、朝になって2人が目覚めた時にはバッグの中身はあちらこちらに飛散し、食料と言えるものは跡形もなく消えていた。
残っていたのは、バッグを荒らしたであろう生き物のものと思われる大きな足跡だった。タロウ達自身が無事だったのは奇跡と言えるだろう。盗んだ分で満足できたのか、或いはあまりにも不味そうだったのか、知る由はない。
ーーそして現在
「グゥゥゥゥゥ」
お腹からは幾度となく空腹のサインが鳴り、2人の口からは相手を罵倒する言葉も出なくなっていた。そしてアイリーンは木々を仰ぎ、足を止める。
タロウもそれに気づき、アイリーンに振り返る。
「......どうしたー?」
「残念な事を今から言うわね」
「......?」
呟いたあと、アイリーンはガクッと膝から崩れ落ちる。そしてーー
「お腹空きすぎてもう歩けない!!」
崩れ落ちたアイリーンを見て、タロウは怒鳴ろうとするも、タロウ自身も同様に限界が近づいていることに気づき、同じく地面にへたり込んでしまう。
アイリーンはタロウからつっ込まれるかと思っていたが、タロウが同じように崩れるのを見て、ただ空を仰ぐのだった。
「なぁ、どうする?」
タロウとアイリーンは座り込んでいても事態の収拾はつかない事を悟り、重い足を動かし、森をまた進んでいた。お互いにもう怒る事もせず、ただ現状を打破したい気持ちと、空腹をどうにかしたいという思いだけでしか残っていなかった。
お腹が空きすぎて、道の隅にいる小さな虫ですら美味しそうに見えてきたタロウは、頭を振って正気を保とうと努力する。
ふと、何処からか子どもの叫び声のような音が聞こえる。
「おい、アイリーン……、俺やばいわ、幻聴すら聞こえてきた。こんな所に子供がいる訳ないのにな」
後ろを進むアイリーンに声をかけるタロウ。アイリーンもうな垂れたまま頷く。
「私も聞こえたわ……、もうダメなのかもね」
「お前まで聞こえたか〜、もうダメだな」
2人はまた黙々と歩みを進める。
「……」
「……」
「ん? 2人とも聞こえた?」
タロウは疑問を持ち顔を上げる。どうやらアイリーンも一緒だったようで、振り返るとタロウを見ていた。
「同じ悲鳴を2人とも聞いた……、これって幻聴じゃないんじゃない!?」
「ーーうわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
再度、2人の耳に子どもの叫び声が聞こえ、顔を見合わせ頷く。
「襲われてる!」
タロウとアイリーンは声が聞こえたであろう方向へ一気に駆け出す。
深い茂みを掻き分け、開けた場所にたどり着く。奥には岩壁があり、岩壁には洞窟の入り口と言って差し支えないほどの穴が開いていた。
穴の近くには魔物の足跡らしきものと、小さな革バッグが落ちていた。
「この穴の中にいるのか!」
タロウはバッグを拾い、中を確認する。バッグの中にはコインが少しと、固くなったパンの欠けらが少し。
そして黄色い花が一輪入っていた。
「アイリーン見ろ!」
タロウは険しい顔になりアイリーンを呼ぶ。
「この花は薬草によく使われる花じゃないかしら、もしかしたら花を摘みに来た子どもが魔物に襲われたのかも」
「違う!」
「え?」
タロウの言葉に驚き顔を見るアイリーン。タロウの口からはありえない量の唾液がダダ漏れていた。
「タ、タロウ?」
「パ、パ、パパパ、パンだ! 食料だぁぁあ!」
アイリーンはこのどうしようもない勇者の男を蔑むように見つめ、また同時にパンに魅了されている自分がいることにも気づき、なんとも言えない気持ちになったのだった。




