勇者ですが何か?(31)圧倒的ですが?
蒼い髪を雨で濡らしながら、ログウェルはギズベルたちを睨んでいた。
異常なまでの覇気に、空から落ちてくる雫すらも震えているようだった。
ログウェルの姿にゴクリと喉を鳴らした後、ギズベルは不意に声を上げて笑った。
「あんたの様な騎士がここにいるとは、なんて偶然なんだろうなぁ!」
何も言わず立っているログウェルの腕に目を下ろすギズベル。その手には剣などは持っておらず、武器になりそうな物を身に付けてはいなかった。
「大陸一の騎士団で副団長を務めてるお方には武器など必要ないってか?」
鼻で笑うギズベルにログウェルは淡々と答える。
「あぁ、その通りだ」
「……ナメられたもんだな」
ピクリと眉を動かしギズベルは一歩前へ進む。剣を持つ手には無意識に力がこもっていた。
「……ヤロウ、表情一つ変えねぇか」
淡々と歩いてきたログウェルはギズベルの目の前で立ち止まる。
「邪魔だ」
「くっ……!」
その圧力にギズベルは剣をとっさに振り上げる。
ーーこいつはヤベェ! 本物だっ!
「ウォォォォォォっ!」
ログウェルは焦ることもなく、振り下ろされる剣をヒラリと躱し、ギズベルの腹に拳をめり込ませた。
「グッ……ハッ!」
「頭がやられた!」
「こいつはやべぇよ!」
膝から崩れるギズベルを見た男たちは喉を鳴らし、散りじりに逃げていく。
「お仲間は逃げていくぞ?」
「くっ……! ナメるなよ!」
ギズベルは歯を食いしばりながらゆっくりと立ち上がり、ログウェルに向けて何度も剣を振りかざす。一見、乱暴に振るってる様にも見えるが、その剣捌きは的確にログウェルの急所を狙っていた。
だが、一振りたりとも、ログウェルには当たらなかった。
「……良い剣捌きだ、さすがは名を馳せた警備兵だっただけはあるな、ギズベル」
その言葉にギズベルは振っていた剣を止める。
「俺を知ってんのか?」
「当り前だろう、アリアーハンの荒くれ者から警備兵として更生し、街の人からも悪党からも親しまれていた警備兵の鑑……だった男ギズベル、この街出身のやつはみんな知ってるさ」
ログウェルは静かに言葉を続ける。
「だが、残念だな。信頼されていた警備兵が仲間たちを殺した後、賊の頭になるなんて……、お前を正しい道に導いたアイツが可哀想だよ」
ログウェルの放ったアイツという言葉に目を大きく見開き、止めていた剣を今までとは比べ物にならない速さで振りかぶるギズベル。
「テメェがっ! 知った口聞くんじゃねぇぇ!」
そのあまりにも早い剣戟に対し、ログウェルはギズベルの剣を振るっている右腕を押さえ、受け止める。
「中々、良い一撃だったぞ、さすがだな」
「なっ……あ?」
何が起きてるのかギズベルは理解できなかった。自分の剣が止められたと理解した頃には、地面に背中を預けて空を見上げていた。
「はぁ、はぁ……っ、な、にが……何が起きた?」
身体を起こそうとするも、動かすことができないギズベル。その横を通り過ぎるログウェル、向かった先には青い髪を雨で濡らし、雨以外で頬を濡らしていた一人の少女の前だった。
「……ただいま」
先程までとは違う、優しさのこもった声で少女の頭を撫でる。
「……父さん」
「つ、強いっすね! ……っ、いたた」
タロウは腹を抑えながら申し訳程度に声をかける。
「君は? ずいぶんボロボロだけど……大丈夫かい?」
ログウェルはタロウを足から頭まで見回し、心配そうな声を出す。タロウのことを知らない父に、アイリーンはクスリと笑う。
「父さん、彼はタロウ、……勇者よ」
アイリーンの言葉を聞いたログウェルは娘の顔と、少年の顔を交互に見返す。
「うぉっ!まじか!」
驚くログウェルに、頭を掻きながら会釈するタロウ。
「はは……どうも勇者です、一応……」
ログウェルはタロウに向かって握手を求める。
「そうか、君がタロウか……まさかこんなタイミングで出会えるなんて夢にも思ってなかったよ」
差し出された手を握り返すタロウ。
「俺も旅始めて1日目に、ゲンシュー王国十二騎士団の副団長と会えるなんて」
「えーっと、第九騎士団、副団長」
タロウの言葉に、アイリーンは苦笑する。
「第六、ね? 絶対わざとでしょ?」
「ハハ、ユーモアなのは嫌いじゃないさ……、それより君の持ってる模造剣を貸してくれないかい?」
「え?」
ログウェルの言葉にタロウは首を傾げつつ、模造剣を渡した。ログウェルは笑顔で「ありがとう」と言ったあと、大きく息を吐き、歩き出すログウェル。
ログウェルの姿を追うように目を向けると、ギズベルが立ち上がっていた。肩から大きく呼吸をしているその男の目はまだギラギラと光り、戦意があるのが目に見て分かる。
「はぁ、はぁ……っがぁ! テメェを! ブッ殺す!」
ギズベルは身体を引きずるように前へ進む。
「……ほんとに感心するよ、その力を正義のために使っていればな……」
ログウェルとギズベルはお互いの前で止まり、睨み合う。
「……ふー、許せよギズベル。少しだけ……本気で行く!」
ログウェルの目が先程までの険しい目になり、両腕に強く剣を握りしめて構える。
その動きに合わせてギズベルも咆哮のような雄叫びと共に、剣を振るう。
ーーその瞬間、タロウの目にはゆっくりと見えた。
雨粒を斬りはらいながらログウェルへと剣は向かった。だがログウェルは微動だにしなかった。
「危ない!」
タロウがそう叫ぶ頃には、剣はログウェルの身体へと刺さる。そのはずなのだが。
ログウェルの身体に当たった剣はまるで、固い鉄塊にでも当てたかのように弾かれる。
「ぐぅっ! なん、だとぉお!?」
「重撃剣術……『構えの計』ー鈍重ー!」
ログウェルの身体から大きな気が溢れ出し、ギズベルは大きく体制を崩す。
「……安心しろ、殺しはしないさ。ただ、娘を泣かした分は許さないがな」
そしてログウェルは大きく仰け反ったギズベルの身体めがけて、模造剣を振り抜くのだった。
ー勇者ですが何か?(31)ー




