勇者ですが何か?(30)蒼髪ですが?
ー勇者ですが何か?(30)ー
水たまりに投げ込まれ、身体中泥だらけになるタロウ。
「ぐっ……、くそ、はぁ、はぁ……」
「ほら立てや、勇者さんよぉ?」
ギズベルは首をポキポキと鳴らしながらタロウの周りを回り歩く。
アイリーンはゆっくりと立ち上がり、ギズベルに向かって行く。
「はぁ、はぁ……っ! 私が相手よっ!」
アイリーンは肩で息をしながら大声で叫んだ。ギズベルと倒れているタロウも振り向く。タロウはアイリーンを見て舌打ちした。
「……っのバカ野郎! 逃げろ!」
「逃げるわけないでしょ! 私はアイリーン・フィッシャーよ!? あのログウェルの娘なの! こんなやつ相手に逃げないわ! ……それよりあんたこそ逃げたらどう!?」
アイリーンの言葉を聴きながらタロウもまた、ゆっくりと立ち上がった。
「……ふん、二人掛かりで来るか?良いぞ俺は構わん」
ギズベルは自分を挟むように位置する二人の少年少女を交互に見て、鼻で笑う。そんなギズベルを挟み、円を描くように回るタロウとアイリーン。
二人は攻撃のチャンスを伺う。
「来ねぇのか? なら俺からいくぞ?」
だがギズベルはそんな二人が向かって来るのを待つこともなく、真っ先にアイリーンの方へと距離を詰める。
とっさに構えるアイリーンだったが、ギズベルの思い一撃に崩れ落ちそうになる。タロウは背を向けているギズベル目掛けてダッシュする。
しかし、それが意味を為さないことは分かっていた。"ギズベルには自分の剣は通用しない" だが挑まねばならない。街を襲う者たちの首領を。自分は勇者なのだから。
「うぉぉぉぉぉっ!」
向かってきたタロウの剣を軽々受け止めるギズベル。何度目かの剣を防ぎ、タロウを蹴り飛ばすギズベル。雨の降る空を見上げ、ギズベルは笑った。
「……どうやら俺の買い被りすぎだったか、昨日は本当に油断しただけで、貴様はただのガキだった……と」
「はぁ、はぁ……」
歯を食いしばり、なんとか立ち上がろうとするタロウ。だが、その頭をギズベルは踏みつけ、雨で濡れた地面に顔が当たる。
「なんにせよお前は俺に恥をかかせた、だからさっきから言ってるようにお前は殺す。 ……だがこのままだと簡単すぎるからな、お前を苦しめるために……」
そう言って向かってきたアイリーンの剣をタロウを踏んだまま受け止める。
「先に小娘を殺す。お前の目の前でな」
「やめ……ろ」
ギズベルは勢いよく剣を振り、アイリーンを後ろに下がらせる。そしてタロウの頭を蹴飛ばし、アイリーンと対峙する。
「ログウェルの娘、お前も頑張るなぁ……もうしんどいだろ? 俺が楽にしてやるよ」
そう言って剣をクルリと一回転させた後、一瞬で間を詰めるギズベル。相変わらずの速さにアイリーンはギリギリで対応する。
しかし、すでに体力切れのアイリーンでは一撃を耐えていることすら奇跡だった。
「くぅっ!」
ギズベルは笑いながらアイリーンを攻め続ける。崩れ落ちるアイリーンをわざと立たせ、さらに痛めつけるように攻撃を仕掛ける。
「ほら、小僧! 早く立ち上がれやっ! 小娘が死ぬぞ?」
「アイリーンっ……くそ」
タロウは歯を食いしばって立ち上がり、
「やめろっ!」
そして肩で息をしながら言葉を続ける。
「……なんであんたは! ……あんたらは、こんなにひどいことができるんだ……」
ギズベルはタロウの顔を見て鼻で笑う。
「なんだぁ? 剣で勝てねぇからって言葉で揺するのか?」
「どうして、罪もない人々を傷つけるのかを聞いてるんだ!」
「……罪がない奴、だと?」
タロウの言葉にギズベルは眉をピクリと動かした。そしてアイリーンの構える剣に強打を打ち込み、倒した後、タロウの元へと向かっていく。
「罪がないと言いやがったっか!? ふざけるなよ小僧!」
「ぐぁっ!」
タロウは構えるもギズベルの振り下ろした一撃に軽々と飛ばされる。その一撃は、今までの攻撃よりも遥かに思い一撃だった。
タロウの腕から模造剣は離れ、腕自体もあまりの衝撃で痺れていた。
「はぁ、はぁ……く、そ……」
「良いか? 教えてやるよ、この街の人間どもの卑劣さってヤツをな! その身体に痛みとともに刻み込んでやらぁ!」
ギズベルは横たわっている状態のタロウの腕をゆっくりと踏みつけた。
「ぐぁぁぁぁぁっ!」
「この街の連中の罪、一つ目は、自分達とは違うってだけで忌み嫌い、それが役に立つと分かれば態度を変える浅ましさだ!」
タロウの腕をグリグリと踏みにじるギズベル。そして、足を離したかと思えば腹めがけて鋭い蹴りを入れる。
「がっふ!」
「二つ目の罪は、この街のために貢献してきた奴を嫉妬し、陥れる下劣さだぁっ!」
肩で大きく息をしながらギズベルは剣を上に振り上げる。
「はぁ、はぁ……もう遊ぶのは終わりだ……殺す」
「やめてぇぇっ!」
アイリーンは目から涙を流しながら叫ぶ。自分は弱い。父のような騎士になんてなれるはずがなかった。アーシャも守れず傷つけてしまった、そして助けにきたタロウすら目の前で殺されようとしているのに、自分は何もできない。
ただ、泣き叫ぶことしかできない。インバスが現れた時、みんなと一緒にここを離れていたら……。昨日の夜に街から出なければ……。騎士なんかになろうとしなければ……。
振り上げられた剣を見てタロウは思う。
あれ? ここで終わりなのか? まだ1日しか経ってないんだぜ? まだ何もしてないのに……あぁ、こんなことになるなら、もっと早く街から出ればよかった。いや、家でゲームしてた方が100倍マシだったわ……。母ちゃん、ごめん、俺はやっぱどうしようもない奴だ。
「……終わりだ」
ギズベルは振り上げていた剣を振り下ろす動作をした。
ーーその時だった。
唐突に男達の悲鳴じみた声が聞こえてきたのは。
「ウワァァァァァァ! 殺されるゥゥゥ!」
ギズベル盗賊団の男どもが喚き、怯えながらギズベルの元へと全速力で駆けていたのである。
その光景にタロウもアイリーンも何が起きてるのか分からず、呆然とした表情で見つめる。
「あん?」
ギズベルもまた自分に向かってきた、正確には自分を超え、後ろに隠れるように逃げてきた男達を見る。
そして男達が向かってきた向こう側から、明らかに異様な気を感じ取り、その方向に目を凝らす。
目を凝らした先に、一人の男がこちらに向かってゆっくりと歩いてきていた。ギズベルが感じ取った異様な気はその男から溢れ出していた。
「……まさか、な……」
ギズベルは向かって来る男を見て自分を疑った。いるはずがない、このタイミングでその男がこの場にいるなんてあるはずがない。
そう信じたかった。だが目の前の男には見覚えがあった。特に、その男の蒼髪には。
「……教えてくれないか? なぜ俺の娘は泣いている?」
蒼髪の男から溢れている気力がさらに膨れ上がり、その場にいる者達には悪寒が走った。
「……ログウェル、ゲンシュー王国第六騎士団副団長……蒼重撃剣士ログウェル……っ!」
ギズベルはタロウへ振り下ろすのを忘れ、ログウェルをただ見つめる。その気迫に飲まれないように意識を保つことに集中しながら。
「……なぜ、貴様のような奴がここにいる?」
「俺のことはどうでもいいだろ? それより質問に答えろ、なぜ俺の娘は泣いているのかをな……、返答次第ではーー」
そう言ってその場にいる者達に対して、さらにゾッとするような冷たい目線を向けるログウェル。
「手を抜けれないかもしれないぞ?」




