勇者ですが何か?(29)タロウ VS ギズベル
「ーー今日の運勢、第1位は!! ……え? …… はい、はい!えー、緊急ニュースです! アリアーハンの街の至る所で火の手が上がり、大人数の賊が攻め込んでいるとの情報が入ってきました!」
昼過ぎから運勢を占う、アホなニュース。だけど今日の運勢は何位なのかと、テレビを見ていたら突然の緊急ニュースで、くつろいでいたモミジは体をソファから起こした。
ソファの端に置いていたテルフォンを手に取り、巷で流行りのSNS、『グリッター・ブック』を開く。グリッター・ブックのタイムライン上に、アリアーハンの事を呟いてる人は大勢いた。
その中には写真を載せている人などがいて、アリアーハンが悲惨な状態である事がまじまじと伝わるものだった。
モミジはテルフォンを片手に、キッチンで鼻歌交じりに皿洗いをしている母、チヨコの元に向かう。
「お母さん……」
「ん〜、なぁに?」
チヨコは手を止める事なくモミジに答えた。
「お兄ちゃんって確か、アリアーハンに向かったよね?」
「そうよぉ、ゲンシュー王国に行くための船に乗るために向かったから、今頃船に乗っているか、乗ってないなら街を散策してるんじゃないかしら?」
「……アリアーハンが、街が、襲われたって……」
モミジの震えた声に、チヨコは皿を洗う手を止める。
「え……?」
ー勇者ですが何か?ー(29)
「……勇者、だと?」
ギズベルはタロウのキメ顔を表情を変えずに睨んでいた。
「そう、俺昨日付けで正式に勇者としての旅を始めたわけなんだけど、あんた本気で知らなかった感じだな?」
タロウの態度にギズベルは鼻で笑う。
「……何笑ってんだよ?」
「お前のようなガキが勇者なら、俺は神にでもなれそうだな」
「なら、私は戦乙女ね」
アイリーンも続き、倒れている男を超えて、ギズベルに向かって剣を振るう。しかしそれは、ギズベルの所にいたもう一人の男に防がれる。
「調子に乗るのもいい加減にしとけよ、小娘がぁ!」
「タロウ!」
アイリーンの掛け声が上がるよりも早く、タロウはアイリーン達の方へと走り出していた。
ギズベルはアイリーンと部下の男が鍔競り合っている間を無理やり抉じ開けるように割って入り、タロウに向かって一直線に進んで行く。
「小僧ぉぉっ!」
「うぉっと!?」
ギズベルの向かってくる速さに驚き、タロウは足を無理やり止める。そして身体を後ろへと逸らした。次の瞬間には、ギズベルの持っていた剣がタロウの逸らした身体の上を通っていた。
「くっ!」
すぐに体勢を整え、タロウも剣を振るう。剣と剣がぶつかる度に、火花が散って行く。二人の剣はまるで雨粒すら斬っているのではないかというほど、鋭かった。
「あぁ! くそ、ダメだ!」
タロウは打ち合いながら、苦い表情を見せる。武器屋の老婆から借りた剣は見る見るうちに、刃先がボロボロと割れ、欠片が雨と共に飛び散っていた。このままでは剣が折れるのも時間の問題である。
「勇者にしちゃぁ、大した剣じゃねぇか!」
ギズベルの一撃に思わず後ろへと飛び退くタロウ。
「はぁ、はぁ……勇者の剣ならもっと酷かったよ、昨日そこの青髪娘さんに折られちゃうくらいにな!」
そう言ってタロウは素早くギズベルの前へと到達する。ギズベルも近づけまいと剣を振ったが、それをスレスレで躱し、ギズベルの顔めがけて剣を突く。
だが顔を突き刺すギリギリの所でタロウは軌道を修正し、顔をわずかに掠める。ギズベルも顔を逸らす。
そのため、浅い切り傷がギスベルの頬にできる形となった。
「ちぃっ!」
ギズベルは苦悶の表情で、タロウの身体を蹴り飛ばし、距離を取る。頬からは雨と共に血が滴り落ち、小さく出来た水たまりに赤が混じる。
「見事だ小僧! ……だが、おかげで分かったぞ」
ギズベルは切れた頬をさすり、笑った。
「貴様は俺には勝てない! 絶対になぁ!」
「一撃喰らったのはあんただぜ? どの口がそんなこと言えるんだよ」
タロウはギズベルの方へと突っ込んで行き、剣を大きく振るう。だがギズベルは特に避けるそぶりを見せなかった。
いや、それどころか笑ってすらいる程だった。
「っ!?」
タロウはギズベルを斬りかかる寸前で剣を振るのを止め、剣の腹部分で殴るように振り直す。
だが、ギズベルは振り直された剣の腹を、逆に拳で弾き返す。そしてーー
「なっ……! 剣がっ!」
折れた刃は綺麗に空をクルリと舞い、水溜りの出来た地面に水しぶきを上げて落ちる。
さらにギズベルはタロウの腹に掌底を食らわせ、タロウは後ろへと吹き飛ばされる。
「確認なんだが……、テメェは勇者なんだよな? それにしちゃぁ随分殺る気の無ぇ剣だなぁ」
ギズベルはニヤニヤと笑い、立ち上がろうとしているタロウを見下ろす。立ち上がったタロウは腹をさする。
タロウは「痛てて…」と軽い感じで誤魔化したが、剣が折れ、一瞬にして形勢が変わってしまったことに焦りを隠しきれてはいなかった。
「やっぱ、頭って呼ばれてるだけのことはあるんだな、あんた」
「はんっ、ぶるってるのが明らかだぜ、小僧」
「ちっ…」
アイリーンはアイリーンで、男と打ち合いを続けていたが、押されているのは明白だった。やはり、大振りのせいで剣は当たらず、防戦一方の状態だった。
「……勇者様っ! この剣を使って!」
声に振り返るとレベッカが模造剣を目一杯な力で投げ飛ばしていた。
「模造剣ですが、お使いください!」
それをキャッチし、タロウは構え直す。
「上等だ! あんたは早くその子を連れて行け! ここは大丈夫だからよ」
「はい!」
レベッカはアーシャを抱え、その場を後にする。
「模造剣で俺に勝てる気でいるのか?」
「勝てる気なんて無いさ……、勝つんだからよ」
タロウはまた余裕な表情を見せ、向かって行く。今回は焦りをうまく隠せていた。
(実際、やべぇよな……、なんで勇者として初めて戦う相手が魔物でも魔人でもなく……人間なんだよ)
タロウの迷いが剣を鈍らせている。当然それはギズベルにはバレていた。
「向かってくるのは良いが、そんなんじゃまた剣が折れちまうぜ」
ギズベルは向かって来たタロウを逆に攻め立てる。
「くそ……」
タロウとギズベルの攻防に気を取られ、アイリーンもだんだんと追い詰められて行く。ただでさえ疲労困ぱいのアイリーンに、冷たい雨はどうしてもきつかった。
「はぁ、はぁ」
「おら、動きが婆さんみてぇになってるぞ! ほら動け動けっ」
男の一撃に受け止めきれず、膝をつくアイリーン。
「はぁ、はぁ……身体が言うことを聞かないっ!」
とうに疲労の限界を越え、立ち上がりたいと思っても身体は動かなかった。
男はアイリーンへと近づき、剣を近づける。アイリーンは男を見上げる。雨が目に入って来て、視界が少しぼやけてしまう。
「生まれ変わったら、男になれることを祈るんだな。……まぁ、男になってもテメェの腕じゃ自分の竿しか振れねぇだろうがな!」
そう言って剣を振りかざすも、ギズベルを抜けたタロウが突進し、男は地面に転倒する。
「はぁ、はぁ……っ、大丈夫か!?」
アイリーンはタロウが助けてくれたことに少し驚きつつ頷く。
「ありがと、助かったわ」
「お前の振り方は大振りだって言っただろ?」
タロウは小さく笑い、アイリーンに手を差し出す。
「……うっさいわよ、お漏らし勇者」
「おい! それは言うなよ!」
タロウの差し出した手を取ろうとアイリーンも手を伸ばすが、後少しで届くと言うところで、二人の間に割って放ってくる者がいた、ギズベルだ。
勢いよく剣を振るい、タロウはなんとか後ろへ体を反らす。アイリーンも手を引っ込める。
「俺を置いてんじゃねぇよ、小僧」
そう言ってタロウの腹に勢いよく蹴りを入れ、タロウはくの字に体を曲げながら地面へと倒れる。
「タロウ!」と叫ぶアイリーンに剣だけを向け、タロウを見ながらギズベルは言った。
「うるせぇんだよ、まだ生きてたのか小娘がよぉ!」
ギズベルの威圧的な声にアイリーンは怯み、固まってしまった。
「いててて……、このガキがぁ!」
タロウに突進された男が起き上がり、うずくまるように倒れていたタロウの背中を蹴りまくる。
「おらっ!テメェ、このガキ!」
タロウは苦悶の声を上げ、痛みを耐えるように、身体をさらに丸めていた。
「おらっ! おらっ! おらっーー!」
威勢良く声を上げていた男の口を思い切り掴むギズベル。その顔はまさに修羅と言えるほどの表情だった。掴まれた男は何がどうしてこうなっているのか理解できない顔をして身体を震わせていた。
「うるせぇんだよ、テメェも……! それから……」
ギズベルは男の口を掴んだまま、手を上に上げ、男の体が少しだけ浮いた状態となった。そしてーー
「こいつは……俺の獲物だろうがぁぁ!」
勢いよく地面に叩きつけるように男を投げ、思い切り地面に頭をぶつけた男はその衝撃で息絶えていた。
その状態を目の当たりにし、息を飲むタロウとアイリーン。
ギズベルは雨の降る空を見上げ、少しだけ息を吐いた。
「これで……邪魔する奴はいねぇだろ、なぁ?」
うずくまっているタロウにそう言って、半ば無理やりに起こすギズベル。タロウはギズベルを殴ろうと手を振るも、腹に拳をめり込まれ、咽る。
「テメェを苦しめて殺してやる……! 残念だな勇者よ、テメェが早々に魔法のバッグを置いて俺らの言う通りにすれば、楽に逝けたのによぉ」
ギズベルは地面にできた水溜りをチラリと見た後、タロウの顔を見てニッと笑い、次の瞬間には水溜りにタロウを投げ飛ばしていた。
ーーその頃、アリアーハンの港。
雨の中、空に登っていくいくつもの黒煙を見上げながら、一人の男が船から港へと降り立った。
「……どうなってるんだ、これは……」
叫び声がいたるところで聞こえ、周りを見ると女や子供が逃げ惑い、それを剣を手に追いかける男たちの姿が見えた。
男はその光景を見るや走り出し、男たちの前に立ちふさがる。
「あん? 誰だテメェ!?」
その問いに男は素手で構えながら静かに答えた。
「仕事の合間に帰省した、ただの騎士さ」
男は言うや否や、男たちの中へと向かって行った。
その青い髪を雨で濡らしながら。




