勇者ですが何か?(28)勇者到着
強くなる雨音に負けない足音を立て、一斉に散らばっていく男達にアイリーンとレベッカは為す術がなかった。アイリーンもレベッカも満身創痍の状態で、後ろには更に危険な状態のアーシャがいる。下手に動くことが出来なかった。
「さて……と、ログウェルの娘よ、どうする?」
ギズベルは両手を広げてアイリーンに尋ねる。ギズベルの後ろには三人の男が付いていた。
「インバスを倒してることには驚いたが、見た所かなりボロボロじゃねぇか? くくっ……家に帰って蹲ってた方が良いんじゃねぇのか」
「くっ……」
「ーーそれにお前、早く連れてかねぇと死ぬぜ? そこで寝てるやつ」
ギズベルは顎でアーシャを指す。アイリーンはアーシャをチラリと見る。アーシャの状態が危険、それはその場の誰が見ても分かりきった事だった。
しかし、ギズベル達を放置するのも街にとっては最悪な状況になってしまう。
「アイリーン……どうすれば……」
レベッカも同じように、この状況を切り抜ける術がわからない状態だった。
「……なんとかするわ」
そう言ってアイリーンは前に足を進める。
「あんたの言う通り、友達を病院に連れて行かせてもらうわ……、レベッカ、アーシャをお願い」
顔を見合わせ声をあげて笑う男達を無視しアイリーンはレベッカに振り返り頷く。アイリーンの言葉にレベッカも驚いていた。
「冗談だろ? 笑わせてくれるのはありがたいが、 お前らは逃がさねぇぞ? まぁ行けるもんなら行ってみてくれよ」
ギズベルが笑っているのを横目に見ながら、アイリーンはレベッカに続ける。
「……アーシャを病院へ連れて行って……、ここは私が何とかするから」
レベッカは心配そうに見返して来たが、アイリーンは肩を竦めるような仕草を見せて、笑う。レベッカはアイリーンが何を考えているのか理解出来ないまま、それでも頷き、アーシャの方へと寄って行く。
「……病院に連れて行く間、攻撃やめてもらえない? こっちはみんなボロボロなのよ? 手を出したりしたら男としてダサいんじゃないの?」
「あぁん!? なんだそれは? お前が命令できる立場だと思ってんのかぁ!?」
ギズベルの後ろの男が一人叫んで前に出る。その男の前に手を出して制止させるギズベル。
ギズベルに睨まれ、男は怯えたように頭を下げ、後ろへと退く。
「冗談を言うことを悪いとは言わねえが、限度は知っとくべきだぜ嬢ちゃん」
「冗談? 違う、本気で言ってるのよ、私たちを見たら分かるでしょ? 身体はボロボロ、街にもあんたの手下が暴れている、勝ち目はないじゃない、だからせめて、ボロボロの少女が病院へ行くことくらいは目を瞑ってよ」
アイリーンはさらに前に足を進めて、ギズベルと対峙する。そして剣を突きつけるように前に伸ばす。
「もちろん、ただ手を出すなとは言わないわよ」
「ほう……なら何だ?」
アイリーンの顔と突き出した剣を見つつギズベルは笑う。
「私が相手になる……、 昨日の借りを返すわ」
その言葉を聞いて声をあげて笑うギズベル。後ろの男たちも合わせて笑う。レベッカはアイリーンの言葉を聞き、唖然とした表情を見せる。
「冗談を言うときは気をつけろと言ったばかりだろう?」
「だから本気だって言ってるの……、レベッカ、行って」
アイリーンの言葉に首を横に振るレベッカ。
「ダメよアイリーン! 一人にできない!」
「行って!!」
アイリーンは叫び、そして前に飛び出した。狙うはギズベルの首。だが、ギズベルは微動だにせず、アイリーンの剣先が顔に伸びて来ていることを何とも思っていないかのように、ただアイリーンを見ていた。
アイリーンの剣はギズベルの後ろにいた二人の男が伸ばした剣によって防がれる。
防がれるや、すぐに後ろに飛び、剣を構え、今度はギズベルの腹めがけて剣を突き出すアイリーン。しかし、今度の剣はギズベルに弾かれ、またすぐに後ろへと後ずさる。
「ーー残念だな、ログウェルの娘……、お前のそのどうしようもない剣撃には心底がっかりだよ……これがログウェルなら、全然違うんだろうがなぁ」
後ろにいた男たちはギズベルの前に立ち、牽制の姿勢を見せる。アイリーンもそれぞれの男に警戒しつつ、ギズベルにも注意を払う。
「悪かったわね、ログウェルの娘が弱くて! でも安心して、あんたは私より弱いから!」
アイリーンは大きく剣を振るった。その剣撃を受け止めた男は重さに耐えられず、横にいた男とぶつかり、そのまま横に崩れる。
そしてギズベルに対し狙いを定め、もう一度大きく剣を振るう。
だがギズベルはため息をついて、アイリーンを見つめた。
「一日じゃ人は変わらねぇな」
そう言うとギズベルは一歩後ろへと下がり、あと少しのところで避ける。アイリーンは続けて剣を振り、前へ前へと進んでいく。
それに合わせるように、男も一歩ずつ後ろへと下がっていく。
「この男……分かってる……」
レベッカはアイリーンとギズベルを見て一人呟いた。
アイリーンの最大の弱点。それは何と言っても力任せな大振りであること、そして狙った先に目線が動いていることだ。
ギズベルはそれを分かっている。だから剣も見てはいるが、アイリーンの顔をよく見ていた。アイリーンがどこを狙っているか、それをしっかりと把握して、後は軽く避けるだけ。
「何でっ! くそっ! 」
一向に自分の剣が当たらず、アイリーンは焦り出す。そして、
「……もういいか?」
「ーーんぐっ!?」
急な衝撃が腹に走り、顔を歪ませるアイリーン。ギズベルの蹴りが腹にめり込んでいた。そのまま前に押し出されるように蹴られ、アイリーンは後方へと吹き飛ぶ。
「がはっ!あぁ、はぁ……はぁ、っぐ!」
アイリーンは地に伏せるも、何とか堪え、ゆっくりと立ち上がって行く。
「アイリーン! 無理よ!」
「……レベッカはアーシャを連れて行って! はぁ、はぁ、早くっ!」
そう言って再びギズベルの方へと足を進めるアイリーンに、レベッカは首を小さく横に振った。
いつもと変わらず、訓練を受けていただけだったのに、日常が一瞬で崩れてしまった。
「だめよ……アイリーン」
アイリーンがギズベルに飛び込んで行くも、男二人が体制を立て直し、アイリーンの前へと立ちふさがる。
「くっ! 邪魔ぁっ!」
アイリーンは思いっきり、足に力を入れ、なぎ払うように剣を振るう。だがその剣は今度はしっかりと受け止められる。
「さっきは予想外のパワーに驚いたが、所詮ガキンチョ、何なら女の剣なんて、防げねぇワケねぇだろ!」
そしてもう一人の男がアイリーンに剣を振るう。何とか、それを避けるも、防いだ男に、腕を柄頭で殴られて剣を落としてしまう。
「……くっ!」
後ろに下がり打たれた右手を抑えるアイリーン。ギズベルがゆっくりと一歩前へと進む。
「……これで、終わりだな」
「アイリーンっ!!」
レベッカは叫び、アイリーンの方へと向かおうと身体を動かす。
そしてギズベルが『殺れ』と口を開けた時だった。アイリーンやレベッカの後ろに一つの人影が近づいているのが見えたのは。
ギズベルが命令を出さなかったため、男たちは一瞬ギズベルの顔を見て、自分たちの首領が見つめている先に目を動かす。
ギズベル達が見ている少年は、前に進もうと立ち上がったレベッカの弱った肩に手を置き、それを制止する。
レベッカも急のことで驚き、バッと後ろを振り向く。
そこには金髪の少年が立っていた。明らかに息を切らしていたが、全然疲れていないような素ぶりを見せている少年は、軽く笑いレベッカに、
「ここは大丈夫だから、その娘を病院に連れてけよ」
「あ、あなたは……?」
レベッカの問いに答えようと口を開けた時ギズベルの声が響いた。
「来てくれたか、小僧! テメェを探してたんだよ! 昨日の借りを返したくてな!」
ギズベルの言葉にアイリーンも後ろを振り返る。そこにはついさっき、喧嘩になり通話を切ってどこかへ行ったと思っていた少年が立っていた。
やれやれと言う風にため息を吐き、前を向くタロウ。
「借りは返さなくていいぜ、頭、そんな大した事はしてねぇから」
「そうは行かねぇよ、こっちにも面目があるからな、……昨日はどっかの坊っちゃんみたいな雰囲気で騙しやがって!」
ギズベルの言葉に指をさすタロウ。
「おい、俺は坊っちゃんみたいな雰囲気出した覚えはない! 勝手に勘違いしただけだろ!」
「うるせぇっ! テメェ……ただのガキじゃねぇだろ? 何者だぁ!」
ギズベルの問いに、一瞬間を開け、タロウは少しがっかりした顔になる。
「……え? 俺のこと知らないのか?」
「テメェみたいなガキのことを頭が知ってるワケねぇだろうが!」
男が噛みつくように吠え、タロウは頭を抑える。
「そっかぁ、何だかんだで昨日のことだもんなぁ……街の人も全然知らない感じだったし、まぁそれはそれで、漏らしたことがバレないから良しとするか」
「……何ブツブツ言ってんだ小僧、テメェが何者かって聞いてんだろうが!」
一人ブツブツとタロウが言っているのが気に入らなかったのかギズベルはもう一度同じ質問を今度はさらに大きな声で繰り返す。
ギズベルの目は明らかにさっきまでとは違う。タロウに対してキレてることがはっきりと分かる目つきだった。
アイリーンはその怒ったギズベルの目を見てフッと笑う。
「何笑ってんだ女ぁ!」
男の一人がそれに気づきアイリーンに向かって剣を振るう。それをアイリーンは避け、男の腹に膝蹴りを入れる。
「がはっ!」
男は崩れ落ち、男の剣を拾うアイリーン。
「……あいつのことを知らないであんた達は手を出したの?」
「あぁっ!?」
タロウはニヤリと笑い仁王立ちする。
「俺が何者かだって?」
タロウは最高にイカした顔を見せ、一言放った。
「俺は勇者だバカやろぅ」




