表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/26

4 灰月の朝 ― 官舎通りにて



 夜の名残を引きずるように、街はまだ薄暗かった。

 灰月の朝、霧が地を這い、石畳の隙間から凍てついた白い息が立ちのぼる。

 王立裁定院近くの官舎区。屋根にはうっすらと雪が積もり、煉瓦壁にかけられたランプが淡く滲んでいた。


 ドアを叩く軽い音。

 しばらくして、軋む蝶番の音とともに扉が開く。

 寝癖のついた金髪に、白いシャツ姿のルシアンが顔を出した。


「……ピップか。おはよう」

「おはようございます、兄貴!」


 雑用係の少年は真っ赤な鼻をして、息を白く弾ませている。

 ピップは、元は貧民街の子ども達からなる“ミストラッツ”という小さな情報屋集団のリーダーだった。

 今ではエドガーの後見のもと、王立裁定院の雑用係として働く十二歳の少年である。

 黒いコートの裾には霜がつき、手には封筒を一通。


「サーからの伝言です! “朝イチで法務官室に寄ってほしい”って!」

「朝からご苦労だな。了解」

「はいっ!」


 にこやかに笑うピップの歯の根が、わずかに合わない。

 ルシアンが吹き出した。


「今日も寒いな」

 オリーブグリーンの制服を着込み、黒い外套を羽織りながら笑う。

 外に出て、鍵をかける。


「朝飯でも奢ってやる。行こうぜ」

「え? 俺もう官舎の食堂で食べてきちゃいましたけど?」

「え、早いな。じゃあ屋台でも行こう。ついて来い」

「えぇ~、寒いのに。外で食べるんですか!?」


 霧の向こうに、通りの屋台から煙が立ちのぼっていた。

 パンの焼ける香ばしい匂いと、スープの湯気が漂ってくる。

 露店の女主人が「今朝のスープは豆とベーコンだよ」と声を上げ、ルシアンは懐から銀貨を一枚取り出す。


「うわ、高い……」

「ははは。でもきっと美味しいぞ」


 二人が笑うと、白い息がふわりと絡み合い、霧の中に溶けていった。

 パンの温もりを掌に感じながら、ルシアンはふと空を仰ぐ。

 霞む尖塔の向こう、白亜の裁定院の影がぼんやりと浮かんでいた。



---


灰羽隊グレイウィングの隊員リストを、僕の方で軍監査局経由で取り寄せたんだ」


 法務官室。朝陽を背に立つエドガーが、一枚の紙を机越しにルシアンへ渡す。


「補給経路に関係していた人物として、この名前が挙がっていた。……見覚えはあるか?」

「――あぁ。クラウス少佐だ。俺の隊長だった」

「そうか。だが……」


 エドガーは紙を指で叩く。

「ニヶ月前に“死亡”とある」


 ルシアンの手が止まる。

「……何だと?」


 群青の瞳と琥珀の瞳が、一瞬交錯する。

「詳しい死因は記されていない。だが、軍監察局の印がある」

「……そうか……亡くなったのか」


 ルシアンは低く呟き、資料を見つめ続けた。

「会っておきたかったな……」


 エドガーは小さく頷くと、席につき、机の上で指を組む。

 淡い影が、調書の上に落ちていた。


「それから……“所在不明”や“転任先不明”の者が多いのが、少し気になる」

 ルシアンは紙を持ったままストーブの前に移動し、短い金髪をかいた。

「――俺のいた部隊は、偵察や諜報任務が多かった。知りすぎた奴は、身を隠すこともある」

「そうか」


 床に置いていた革の書類鞄に紙をしまい、脇に抱える。

「このリスト、助かるよ。あとは俺の方で当たってみる」

「うん。頼んだ」


 黒い外套の襟を立て、ルシアンは廊下へ出た。

 窓の外では、王都の屋根に静かに雪が降り積もりはじめていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ