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13 沈黙の知らせ


 その日一日、調査官用の官舎にある一室に、ルシアンは籠っていた。


 王立裁定院の裏手に並ぶ灰色の石造りの建物。

 彼の私室は三階の端。狭い寝台と、煤で黒ずんだランプ。

 窓の外では、雪の中で街灯がぼんやり橙に滲み、風が吹くたび窓枠がかすかに軋んだ。


 壁際の棚には、整然と積まれた報告書と、底のすり減ったブーツ。

 机の上には灰皿に三本の吸い殻、冷めたコーヒーが半分。

 夜はとうに明けていたが、疲労の重さは抜けない。


 書き上げた報告書を置き、ストーブの火を見つめた。

 火が息をするたび、燃え残りの灰がふわりと浮き、また沈む。

 手についたインクを別の指で擦り、さらに汚れが広がる。

 ため息をつき、机に転がっていた布巾でようやく拭き取った。


 机の上の時計が、静かに時を刻んだ。


 ストーブの火を見つめたまま、ルシアンは動かなかった。


 ──その時、扉が短く二度叩かれた。


「……ヴェイル君、いるかね?」


 官舎管理人の老人の声。

 重い体を起こし、扉を開けると、外套を羽織った老人が小さな茶封筒を差し出した。


「昨晩遅くに電報が届いてね。

 部屋に灯りがなかったから、朝に回した。……急ぎだ」


「ありがとう」


 受け取り、封を切る。

 紙片に刻まれた活字は、あまりに短かった。


 《トマス 死ス   マイルズ》


 凍りついた言葉が、胸に落ちた。


「……大丈夫かね?」


 管理人の声は遠かった。


「ああ……ありがとうございます。受け取りました」


 扉を閉め、電報を握りしめたまま深く息を吐く。


 ──トマス・ベルク。

 ──元同僚の補給兵。

 ──昨日、アポを取るための書簡を出したばかりだ。


 椅子に戻り、電報紙をもう一度開く。

 読み返しても、言葉は変わらない。


 “死ス”。


 それだけ。

 それ以上は、何もない。


 ルシアンの拳が震えた。


 “影を歩く者たち”が動き出した。


 報告書の上に、紙片が音もなく落ちた。



---


 王立裁定院・法務官室。

 扉を開けると、エドガーが窓際に立ち、雪に煙る王都を見つめていた。

 ピップはもう外回りに出たらしく、部屋は静かだった。


「ルシアン……。おはよう」


「……おはよう。エドガー」


 振り返った群青の瞳は、深く静かだった。

 日頃から感情の起伏は少ない男だが、興味が燃え立つとき、その瞳は炎のように揺らめく。

 今は、湖面のような静けさを湛えていた。


 ルシアンは外套を脱ぎ、制服のポケットからしわだらけの電報紙を取り出した。

 エドガーが手を差し出し、そこに置く。

 彼は素早く目を通した。


「“トマス”とは?」


 呼吸を整え、ルシアンは低く答える。


「……元同僚だ。灰羽隊グレイウィングの補給兵。

 正義感のある奴だった。

 マイルズが、わざわざ電報で知らせてきた。

 ――普通じゃない」


 エドガーの表情がわずかに強張った。


「ルシアン……。

 これ以上は危険だ。

 ――手を引こう」


 その瞬間、ルシアンの世界から、音が消えた。




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