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14 すれ違う影


 何も答えないルシアンに、エドガーは一度そっと目を伏せた。

 窓の外では霧と雪が混じり、白と灰だけで描かれた世界が静かに広がっている。

 机を回り込み、ストーブの前で固まっているルシアンの前に歩み寄る。


「ルシアン。この件からは手を引く。君も……もう関わらないでくれ」


 琥珀の瞳がじわりと持ち上がる。

 絶望とも、別種の熱ともつかない色が、その奥でゆらめいた。


 エドガーは眉根を寄せる。


「お前は……引いてくれ。俺は、止まらない」

「……なんだって?」


 エドガーは思わずルシアンの肘を掴んだ。


「だめだ。君も手を引くんだ」

「嫌だ」


 短く落ちた声に、エドガーの唇がふるえた。

 ルシアンは迷いを押しつぶすように口を結ぶ。


「すでに仲間が二人、不審死だ。……見過ごせるわけがない」

「……だが」

「昔、俺が率いてた部隊が襲撃された。軍を辞めたのは、そのせいだ。

 あのとき多くを失った……。あれも――“使い捨て”にされた結果だと、マイルズが……」


 言葉の最後が震え、視線が落ちる。


 灰の降る戦場。

 赤い火。

 冷えた仲間の頬──。


 押しつぶされるように、ルシアンは目を閉じた。


「……だめだよ! ルシアン、頼む、引くんだ!」


 滅多に声を荒げないエドガーが、叫んだ。

 ルシアンはその手を振りほどき、まっすぐにエドガーを見返す。


「お前は、この安全な場所にいてくれ。俺はもう、とっくに足を突っ込んでる」


 エドガーは言葉を失ったように、首を振る。


「……悔しいだろ。理由も知らず、一方的に奪われていくなんて。分かってくれとは言わない。……だが俺は行く。

 俺の故郷の近くに、灰羽隊《グレイウィング》の駐屯地跡がある。そこへ行けば何か掴めるはずだ」


 外套を手に取るルシアンの手首を、エドガーが掴んだ。


「僕だって悔しいさ! 悔しくないわけがない! ……だが、だが……!」


 群青の瞳が強く揺れる。

 ルシアンの手を強く握った。


「君を死なせたくない!!」


 ルシアンは息を呑み、視線をそらした。

 外套から落ちた雪が床でほどけ、濡れた染みがじわりと広がる。


「俺は……元軍人だ。死ぬ覚悟なんか、とうにある」

「ルシアン!」


 手を振りほどき、外套を羽織った。

 ルシアンはエドガーに背を向け、扉に向かう。


「待て……待てって!」


 扉に手を掛け、振り返った。


「お前はここにいてくれ。裁定院の中なら、多くの手が守ってくれる」

「ルシアン……」


 エドガーは拳を握り締めた。


「この……わからず屋が!!」


 視線が、静かに交わる。

 ルシアンはふっと笑った。


「“わからず屋”で結構。お前は……いい相棒だったよ」


 エドガーは手を伸ばすが――それは届きはしない。


「待て。最後に……」

 

 群青と琥珀は交わったまま。

 ルシアンは静かにエドガーの言葉を待った。


「……君の故郷は“フェルンウォルド”だったな?」


 ルシアンは片眉を上げる。


「……ああ。そうだが」

「……わかった」


 一瞬の沈黙の後、ルシアンは笑った。


「じゃあな。相棒」

「……うん」


 扉が閉まる。


 静寂が落ちた部屋で、エドガーは俯き、拳を強く握りしめた。


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