第2話「町内会費500円の使い道と公民館の狙撃手たち」
翌朝、僕が目を覚ましたのは、隙間風が吹きすさぶ1Kアパートの万年床の上だった。
隣の部屋とを隔てる壁には、昨夜シゲオさんが高圧洗浄機でブチ抜いた巨大な大穴がポッカリと空いている。ブルーシートで簡易的な目隠しがされているが、防音性も断熱性も皆無だ。
「おはようございます、マスター。本日のカフェイン摂取用ポーションです」
キッチンから、エプロン姿の屈強な外国人傭兵──自らを『アーサー』と名乗った大男が、湯気を立てるマグカップを運んできた。迷彩服の上にフリルのついたピンク色のエプロン(亡き母のおさがり)を着た二メートル超えの大男が、やけに手際よく目玉焼きを焼いている光景は、脳の処理能力を軽くオーバーヒートさせる。
「ありがとう……って、なんで普通に朝飯作ってんの?」
「兵站の確保は戦術の基本です。ちなみに本日の目玉焼きは、敵の死骸(スライムの粉塵)を避けるため、フライパンをアルコール消毒してから焼成しました」
「サラッと怖いこと言わないでくれるかな」
コーヒーをすすっていると、壁のブルーシートがバサッとめくられ、ランニングシャツ姿のシゲオさんが顔を出した。手にはバインダーを抱えている。
「おう坊主、生きてるか。飯を食ったら公民館に行くぞ。今日は月に一度の町内会役員会議(および防衛戦略会議)の日だ」
徒歩五分。古びた木造の公民館の二階にある畳張りの和室には、湿布と線香の匂いが充満していた。長机にパイプ椅子という極めて庶民的な空間に、町内会の重鎮たちが集結している。
「紹介しよう。こいつが、今は亡き『コードネーム・オカン』の息子だ。今日から広報兼、後方支援担当として役員に加わる」
シゲオさんが僕を指差すと、ずらりと並んだ老人たちの鋭い眼光がいっせいに僕を射抜いた。
「あらあら、あのオカンさんの息子さん。お母さんには昔、土星の衛星軌道上で助けられたわぁ」
そう言ってにこやかに微笑んだのは、副会長のヨシコさん(82歳)。手元で毛糸の編み物をしているが、よく見るとその糸は『軍事用防刃ケブラー繊維』だった。
「ふん、ひ弱そうなガキだ。プラズマライフルの反動で肩が外れるんじゃないか?」
鼻で笑ったのは、会計担当のタナカさん(78歳)。彼の傍らには、どう見ても違法改造されたゲートボールのスティック(先端にレーザー照準器付き)が立てかけられている。
「……あの、シゲオさん。皆さん、その……只者じゃないというか……」
「当たり前だ。この町内会は、半世紀前から地球外生命体の侵略を食い止めてきた最前線基地だからな。ちなみに町内会費の月500円は、主に対地雷用センサーの電池代と、回覧板の印刷代に消える」
ワンコインの使い道が重すぎる……
「さて、定例会議を始めるぞ。本日のアジェンダは以下の通りだ」
シゲオさんがホワイトボードにマジックで書き込んでいく。
[第一の議題]: 秋の町内運動会のプログラムについて
[第二の議題]: 資源ゴミの持ち去り問題について
[第三の議題]: 近所の公園に潜伏中の『地底モグラ星人』の殲滅作戦について
「ちょっと待って! 三つ目の議題だけジャンルがおかしくないですか!?」
思わずツッコミを入れる僕を無視し、会議は粛々と進んでいく。タナカさんが渋い顔で手を挙げた。
「モグラ星人の奴ら、夜な夜な公園の砂場にトンネルを掘りやがる。おかげでゲートボールの球が真っ直ぐ転がらねえ。俺がスティック(打撃兵器)で直接叩き潰す」
「ダメよタナカさん。血が飛んだら、朝のラジオ体操で子供たちが怖がるわ。私が作った特殊繊維の網で生け捕りにして、燃えないゴミの日に出しましょう」
ヨシコさんが編み物をしながらサラリと恐ろしい提案をする。
「……マスター。この部隊、恐るべき練度です」
背後に控えていたアーサーが、ゴクリと生唾を飲んだ。
日常と非日常がマーブル状に混ざり合った空間で僕は悟った。母さんは、このトンデモない老人たちと一緒に、お茶をすすりながら地球の平和を守っていたのだ。僕が「退屈だ」と投げ出そうとしていた世界は、こんなにもスリリングで、バカバカしくて愛おしい。
「おい坊主、広報担当のお前に最初の任務だ」
シゲオさんがバインダーから一枚の紙切れを取り出して僕に突きつけた。
「モグラ星人どもを威嚇するため、公園の掲示板に貼る『ポイ捨て禁止(ついでに地球侵略禁止)』のポスターを描け。お前、漫画家志望だったよな? 腕の見せ所だぞ」
僕の漫画のスキルが、まさか地球防衛のためのプロパガンダ(回覧板)に活かされる日が来るとは。僕は大きく息を吸い込み、力強く頷いた。
「任せてください! 最高に恐ろしいポスターを描いてやりますよ」




