第9話
それを目にしたのは、眠れぬ夜のことだった。
窓の外で、霧が月の光を鈍く滲ませていた。私は寝つけぬまま、ぼんやりと外を眺めていた。すると、城の裏手——墓所へと続く小道を、ひとつの人影が、灯りも持たずに歩いていくのが見えた。
誰だろう。こんな夜更けに。
私は、外套を羽織り、そっと部屋を出た。
霧の中を、私は音を立てぬよう、人影のあとを追った。
たどり着いたのは、城の片隅にひっそりと佇む、古い墓地だった。苔むした墓石が、月の光を浴びて青白く浮かび上がっている。そのいちばん奥に、三つの、まだ新しい墓標が並んでいた。
そして、その前に、ひとりの男が立っていた。
クラウスだった。
彼は、私に気づいてはいなかった。
ただ、じっと、三つの墓標を見下ろして立ち尽くしていた。月明かりに照らされたその横顔は、昼に見るどんなときよりも、深く沈んでいた。凍りついた仮面は、そこにはなかった。あるのは、ただ、打ちひしがれた、ひとりの男の姿だった。
やがて、彼は、いちばん手前の墓標の前に、片膝をついた。
冷たい土に膝を埋め、墓石にそっと手を触れる。その背中が、わずかに震えているように見えた。風のせいだろうか。それとも——。
私は、木陰に身を隠したまま、息を詰めて、その姿を見つめ続けた。
彼は、長いあいだ、そこにいた。
言葉は、聞こえなかった。けれど、その背中が語っていた。悔いている。悼んでいる。守れなかった者たちのために、ひとり、夜ごとここへ通い、許しを乞うように、頭を垂れている。
冷酷な死神。人を遠ざける男。妻を次々に死なせた、不吉な公爵。
城の者たちが囁く、その像が、私の中で、音を立てて崩れていった。
あんな顔をする者が、自らの手で妻を殺すだろうか。あんなふうに、夜ごと墓前に膝をつき、悔やみ続ける男が、人を手にかける怪物であるはずが、あるだろうか。
——違う。
胸の奥で、確信に近い何かが、芽生えた。
この人は、犯人ではない。
むしろ、誰よりも深く傷ついている。妻たちを守れなかったという罪の意識に、ひとり、押し潰されそうになりながら、それでも逃げずに、墓前に立ち続けている。
冷たく突き放す言葉の数々も、人を遠ざける態度も、すべては——これ以上、誰かを失わないための、不器用な鎧なのかもしれない。「期待するな」「長くは生きられない」。あの言葉は、脅しではなかったのだ。あれは、悲鳴だったのだ。これ以上、自分のそばで、誰かに死んでほしくないという。
私の胸が、ぎゅっと締めつけられた。
月が、雲に隠れた。
墓地が、いっそう深い闇に沈む。私は、見てはいけないものを見てしまったような気がして、そっとその場を離れた。
部屋へ戻る道すがら、私の頭の中は、ひとつの問いでいっぱいだった。
彼が犯人でないなら、いったい誰が、妻たちを殺したのか。三人の先妻を、病に見せかけて手にかけたのは、誰なのか。そして、なぜ。
城のどこかに、真の犯人が潜んでいる。クラウスを「死神」に仕立て上げ、その陰で、ひそかに花嫁たちを殺し続けている、誰かが。
その誰かは、城の内に巣食う者なのか。それとも、外から糸を引く者なのか。先妻たちが衰えていったあの緩慢な手口を思えば、相手は薬と毒に深く通じ、長い時をかけて事を運べる、忍耐強い者に違いなかった。顔の見えぬその影が、今この瞬間も、城のどこかで息をひそめている。そう思うと、背筋が冷えた。
窓辺に戻り、私はもう一度、墓地のほうを見やった。
霧の中、あの背中は、まだそこにあるのだろうか。
あの人を、これ以上、ひとりにしてはおけない。なぜか、そう思った。
冷たい死神と恐れられ、自らをも罰し続ける、あの寂しい男を。
私は、固く、心に決めた。
真実を暴く。彼のためにも。死んでいった、あの肖像の女たちのためにも。




