第10話
決意は、静かに固まっていった。
二度の毒を、私は生き延びた。けれど、相手はまだ、私が毒で死ぬと信じている。ならば——この体質を、使わない手はない。
私は、毒に愛された娘だ。何を盛られても、死なない。それは、これまで私を縛ってきた呪いだった。けれど今、この城では、その呪いこそが、最大の武器になる。
囮になろう、と私は決めた。
犯人が毒を盛るたびに、私は生き延びる。そして、その毒がいつ、どこから、どんなふうに運ばれてきたのかを、観察する。回を重ねるごとに、相手は焦り、手段を変え、ほんのわずかずつ、尻尾を見せていくだろう。
危険な賭けだった。けれど、ただ怯えて隠れているより、ずっといい。死なない私だからこそ、できることだ。
私は、その決意を胸に、ある場所へ向かった。
城の裏手の、荒れ果てた薬草園。
雑草に埋もれかけた、かつての庭。
私は腕まくりをし、まずそこを片付けることから始めた。蔓延った雑草を抜き、絡まった枯れ枝を払い、固く締まった土を鍬で起こしていく。慣れぬ重労働に、すぐに息が上がり、手のひらには豆ができた。
けれど、土に触れていると、不思議と心が落ち着いた。
ハルヴァートの家で、私が唯一安らげたのも、こうした庭の片隅だった。毒草と薬草に囲まれ、書物を抱えて過ごした時間。あそこでは厄介者だったその知識が、ここでは私を生かす力になる。皮肉なものだ、と思った。
「……何をしておられるのですか」
声に振り返ると、ハンナが立っていた。
以前のような冷ややかさは、もうそこにはなかった。荒れ庭で泥にまみれて働く私を、彼女は、ただ驚いたように見つめている。
「薬草園を、生き返らせるの」
私は、額の汗を拭いながら答えた。
「ここで薬草を育てれば、誰かが具合を悪くしても、すぐに手当てができる。毒を見分ける役にも立つわ。……それに、私には、ここが必要なの」
ハンナは、しばらく黙っていた。それから、ためらいがちに口を開いた。
「……お手伝い、しましょうか」
思いがけぬ申し出に、私は手を止めた。
「いいの?」
「奥方様は」
ハンナは、土に膝をつきながら、ぽつりと言った。
「これまでの奥方様とは、違う気がするのです。皆さま、お優しい方々でした。でも……どこか、諦めておられた。この城で、生きて出ることを。なのに、奥方様は——」
彼女は、私の泥だらけの手を見た。
「生きようと、しておられる」
その言葉に、私の胸が、温かく震えた。この城で初めて、誰かが私の意志を、まっすぐに受け止めてくれた気がした。
その日から、ハンナは、ことあるごとに私を手伝うようになった。
二人で雑草を抜き、土を耕し、私が密かに持ち込んだ薬草の種を蒔いた。荒れ果てていた庭が、少しずつ、命を取り戻していく。痩せた土に、若い芽が、ぽつりぽつりと顔を出し始めた。
ここを、拠点にする。
毒を調べ、薬を調え、城の動きを見張る。そして、囮として、犯人を炙り出す。すべては、この小さな庭から始まる。
夕暮れ、私はひとり、芽吹き始めた苗床の前に立った。
灰色の霧の向こうに、城の黒い影がそびえていた。
覚悟は、できている。これから先、私は何度も狙われるだろう。そのたびに、平気な顔で生き延び、相手を欺き続けなければならない。怖くないと言えば、嘘になる。
けれど、と私は思った。
あの墓前に膝をつく男のために。死んでいった肖像の女たちのために。そして——もう、不吉な娘として生きるのをやめると決めた、私自身のために。
私は、囮になる。
冷たい土に、私は、もう一度、そっと指を埋めた。




