第11話
三度目の凶手は、毒ではなかった。
その日、私はいつものように、夜更けまで西棟の古い記録を調べていた。先妻たちの名や、城に出入りした者たちの記録。何か手がかりはないかと、埃をかぶった帳面を、一冊ずつめくっていたのだ。
灯りを手に、私は西棟の螺旋階段を降りようとした。古く急なその階段は、昼でも薄暗い。私は手すりに手をかけ、慎重に一歩を踏み出した。
——その瞬間だった。
足を置いた段が、ぐらりと傾いた。
石の踏み板が、まるで仕掛けのように外れ、私の体は前へと投げ出された。とっさに手すりを掴もうとした手が、空を切る。灯りが手から離れ、闇の中をくるくると落ちていく。
落ちる。
体が宙に浮いた、その刹那。私は、咄嗟に身をひねった。庭仕事で養った、わずかな体の勘だったのかもしれない。肩から壁にぶつかり、私は階段の途中の踊り場へと、したたかに転がり落ちた。
激痛が、全身を貫いた。けれど——息は、あった。
暗闇の中で、私は荒い息をつきながら、しばらく動けずにいた。
肩と腰を強く打ち、あちこちに擦り傷ができている。けれど、骨は折れていないようだった。もし、あのまま頭から落ちていたら。もし、身をひねるのが、ほんの一瞬遅かったら。
間違いなく、死んでいた。
ようやく身を起こした私は、震える手で、落ちた灯りを拾った。そして、外れた踏み板のあたりを照らして——息を呑んだ。
石の踏み板は、自然に外れたのではなかった。
固定するための楔が、明らかに抜かれていた。誰かが、人の手で、この段に細工を施したのだ。私が、夜ごとここを通ることを知っていた、誰かが。階段を降りた者が転落し、首の骨を折る。それを、ただの不幸な事故に見せかけるために。
毒ではない手段。
私の背筋を、ぞっと冷たいものが走った。これまでは、毒だった。茶も、香も、私が口にし、吸い込むものに仕込まれていた。けれど、相手はとうとう、毒以外の手に出た。物言わぬ階段の段差ひとつに、確実な死を忍ばせて。それが意味するところは、ひとつしかない。
——気づかれた。
この女には、毒が効かない。
相手は、ついにそれを悟ったのだ。何度盛っても死なない。ならば、別の手段で殺すしかない。そう考えて、この階段に細工をした。
私は、踊り場に座り込んだまま、暗闇を見つめた。恐ろしさよりも、奇妙な高揚が、胸を満たしていた。
相手が手口を変えたということは、それだけ追い詰められているということだ。毒という、足のつきにくい安全な手段を捨て、危険を冒してまで、私を消そうとしている。焦りが、相手の影を、少しずつ濃くしていく。
けれど、と私は思った。同時に、危険も増したということだ。これからは、毒だけを警戒していては、命がいくつあっても足りない。
冷たい石の上で、私はゆっくりと立ち上がった。
打った体が、悲鳴を上げた。けれど、私は歯を食いしばり、手すりを頼りに、一段ずつ階段を降りていった。
誰が、私が夜ごとここを通ると知っていたのか。誰が、この西棟に出入りできるのか。容疑の輪が、ほんの少し、絞られた気がした。西棟は固く封じられているはずの区画。そこへ自由に出入りし、私の夜の動きを把握し、なおかつ人知れず楔を抜くだけの時を持てる者——その条件に当てはまる者は、決して多くはないはずだった。
そして、もうひとつ。
相手が「毒が効かない」と気づいた今、私の体質という切り札は、もう半分は知られてしまった。ならば——いっそ、こちらから動くべきかもしれない。
手すりを握る手に、私は力を込めた。
霧の城の闇は、まだ深い。けれど、私は、決して退かない。




