表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は死んでも惜しくない娘のようです  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/14

第11話

 三度目の凶手は、毒ではなかった。


 その日、私はいつものように、夜更けまで西棟の古い記録を調べていた。先妻たちの名や、城に出入りした者たちの記録。何か手がかりはないかと、埃をかぶった帳面を、一冊ずつめくっていたのだ。


 灯りを手に、私は西棟の螺旋階段を降りようとした。古く急なその階段は、昼でも薄暗い。私は手すりに手をかけ、慎重に一歩を踏み出した。


 ——その瞬間だった。



 足を置いた段が、ぐらりと傾いた。


 石の踏み板が、まるで仕掛けのように外れ、私の体は前へと投げ出された。とっさに手すりを掴もうとした手が、空を切る。灯りが手から離れ、闇の中をくるくると落ちていく。


 落ちる。


 体が宙に浮いた、その刹那。私は、咄嗟に身をひねった。庭仕事で養った、わずかな体の勘だったのかもしれない。肩から壁にぶつかり、私は階段の途中の踊り場へと、したたかに転がり落ちた。


 激痛が、全身を貫いた。けれど——息は、あった。



 暗闇の中で、私は荒い息をつきながら、しばらく動けずにいた。


 肩と腰を強く打ち、あちこちに擦り傷ができている。けれど、骨は折れていないようだった。もし、あのまま頭から落ちていたら。もし、身をひねるのが、ほんの一瞬遅かったら。


 間違いなく、死んでいた。


 ようやく身を起こした私は、震える手で、落ちた灯りを拾った。そして、外れた踏み板のあたりを照らして——息を呑んだ。



 石の踏み板は、自然に外れたのではなかった。


 固定するための楔が、明らかに抜かれていた。誰かが、人の手で、この段に細工を施したのだ。私が、夜ごとここを通ることを知っていた、誰かが。階段を降りた者が転落し、首の骨を折る。それを、ただの不幸な事故に見せかけるために。


 毒ではない手段。


 私の背筋を、ぞっと冷たいものが走った。これまでは、毒だった。茶も、香も、私が口にし、吸い込むものに仕込まれていた。けれど、相手はとうとう、毒以外の手に出た。物言わぬ階段の段差ひとつに、確実な死を忍ばせて。それが意味するところは、ひとつしかない。


 ——気づかれた。



 この女には、毒が効かない。


 相手は、ついにそれを悟ったのだ。何度盛っても死なない。ならば、別の手段で殺すしかない。そう考えて、この階段に細工をした。


 私は、踊り場に座り込んだまま、暗闇を見つめた。恐ろしさよりも、奇妙な高揚が、胸を満たしていた。


 相手が手口を変えたということは、それだけ追い詰められているということだ。毒という、足のつきにくい安全な手段を捨て、危険を冒してまで、私を消そうとしている。焦りが、相手の影を、少しずつ濃くしていく。


 けれど、と私は思った。同時に、危険も増したということだ。これからは、毒だけを警戒していては、命がいくつあっても足りない。



 冷たい石の上で、私はゆっくりと立ち上がった。


 打った体が、悲鳴を上げた。けれど、私は歯を食いしばり、手すりを頼りに、一段ずつ階段を降りていった。


 誰が、私が夜ごとここを通ると知っていたのか。誰が、この西棟に出入りできるのか。容疑の輪が、ほんの少し、絞られた気がした。西棟は固く封じられているはずの区画。そこへ自由に出入りし、私の夜の動きを把握し、なおかつ人知れず楔を抜くだけの時を持てる者——その条件に当てはまる者は、決して多くはないはずだった。


 そして、もうひとつ。


 相手が「毒が効かない」と気づいた今、私の体質という切り札は、もう半分は知られてしまった。ならば——いっそ、こちらから動くべきかもしれない。


 手すりを握る手に、私は力を込めた。


 霧の城の闇は、まだ深い。けれど、私は、決して退かない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ