第7話
嫁いびりは、ある朝、唐突に始まった。
その中心にいたのは、侍女頭のマルゴットだった。年かさで、痩せた体に鋭い目を持つこの女は、初めて会ったときから、私を蔑むような視線を隠そうともしなかった。
「奥方様」
その呼び方からして、すでに棘があった。
「朝のお茶を、お持ちいたしました。どうぞ、ごゆっくり」
差し出されたカップを、私は受け取った。湯気の向こうで、マルゴットの口元が、わずかに歪んでいる。何かを企んでいる顔だ。私はそれを見抜きながら、けれど、素知らぬふりでカップに鼻を近づけた。
ぴくり、と感覚が働いた。
毒、ではない。けれど、これは——緩下作用のある薬草だ。腹を下させるための、ささやかな悪意。私を厠に走らせ、恥をかかせようという、子どもじみた嫌がらせ。
私は、内心で苦笑した。これしきのこと。
「マルゴット」
私は、カップを卓に置いた。
「この茶に入っているのは、センナの葉ね。それも、ずいぶん多めに。……お腹を下させたいなら、もう少し量を控えたほうがいいわ。これでは、苦みで気づかれてしまうもの」
マルゴットの顔が、さっと強張った。
「な……何を、おっしゃっているのか」
「とぼけなくてもいいの」
私は、静かに微笑んだ。
「私は、薬草のことなら少しばかり心得があるの。何が体にいいか、何が毒になるか、香りひとつで分かるわ。だから——これからは、無駄な細工はやめておくことね。すぐに、見抜いてしまうから」
マルゴットは、わなわなと唇を震わせ、何も言い返せずに立ち尽くした。その背後で、様子を窺っていた若い侍女たちが、息を呑んでいる。
今までの花嫁たちは、こうした嫌がらせに、ただ怯え、泣き、耐えるしかなかったのだろう。けれど、私は違う。毒も薬も、私にとっては、生まれ育った庭のようなものだ。
その日から、私は、城のあちこちで知識を示した。
厨房の下働きが、原因の分からぬ湿疹に悩んでいると聞けば、それが特定の野草に触れたためだと言い当てた。年老いた庭師が、長年の咳に苦しんでいると知れば、薬草を煎じて飲ませ、楽にしてやった。
最初は、誰もが私を警戒していた。死神公爵の、不気味な花嫁。けれど、私の知識が次々と人の役に立つのを目にするうち、彼らの目つきは、少しずつ変わっていった。
「……奥方様は、本当に薬草に詳しいのね」
ある侍女が、おそるおそる、そう口にした。私が、その娘の指のあかぎれに効く軟膏を、分けてやったときのことだった。
恐れと侮りの混じっていた視線に、いつしか、別の色が滲み始めていた。
戸惑い。驚き。そして、ほんのわずかな——敬意。
マルゴットだけは、なおも私を睨んでいた。けれど、彼女の嫌がらせは、めっきり影をひそめた。何をしても見抜かれると悟ったのだろう。あるいは、私という存在を、測りかねているのかもしれなかった。
私は、それでよかった。彼らの心を完全に掴むつもりなど、まだなかった。ただ、侮られず、警戒を解かれ、城の中を自由に動ける立場を得られれば、それで十分だった。
調査のために。真実へ近づくために。
その夜、私は薬草園の跡を見つけた。
城の裏手、かつては手入れされていたであろう一画。今は荒れ果て、雑草に埋もれかけているが、土の質はいい。ここを使えるかもしれない、と私は思った。
毒を見分け、薬を調える拠点。この城で生き延び、戦うための、私だけの場所。
荒れた庭に膝をつき、私は冷えた土に指を埋めた。
まだ、この城には味方と呼べる者はいない。けれど、知識という武器がある。観察という目がある。そして、死なないこの体がある。
ひとつずつだ、と私は自分に言い聞かせた。
ひとつずつ、霧を払っていく。




