第59話
その兆しに気づいたのは、ある朝のことだった。
このところ朝の目覚めに、わずかな違和を感じていた。食の好みが変わり、ふとした瞬間に軽い目眩を覚える。薬草に通じた私には、その意味がすぐに分かった。
お慶びの兆し。世継ぎを宿したのだ。
胸の奥から、これまで感じたことのない温かな喜びが、こみ上げてきた。
けれど同時に、ひやりとした不安もよぎった。
世継ぎの兆し。それはかつて先妻たちが殺された、その引き金だった。クラウスと確かな絆を結んだ花嫁が必ず狙われた、あの時機。私の脳裏に、暗い記憶がよみがえった。
けれど私はすぐに、首を振った。もうオーレリアはいない。エルマーもいない。この城に私たちを脅かす影は、もうどこにもない。この子は、何の影に怯えることもなく、生まれてくることができる。
私はその報せを、クラウスに伝えた。
「クラウス様。あなたにお話があります」
彼は私の改まった様子に、少し緊張した面持ちで向き合った。私は彼の手を取り、まっすぐにその目を見つめた。
「私たちに、子どもが授かりました」
クラウスの目が、大きく見開かれた。
彼はしばらく、言葉を失っていた。
やがてその瞳に、涙がこみ上げてきた。長く子をなすことを恐れてきた男。世継ぎの兆しが妻の死を招くと信じてきた男。その彼が今、心からの喜びに震えていた。
「本当か」
彼は掠れた声で言った。
「本当に……私たちの子が」
「はい」
私は微笑んだ。
クラウスはそっと、私を抱きしめた。
壊れものを扱うように、優しく。その腕の中で、私は確かな幸せを感じていた。かつて死と隣り合わせだったこの城に今、新しい命が宿ろうとしている。それは長い闇を越えた先にたどり着いた、光そのものだった。
「ありがとう、リネット」
彼は私の髪に顔を埋めて、囁いた。
「お前が私に、こんな幸せをくれるなんて」
「私も、幸せです」
私は彼の胸に、頭を預けた。
「この子は呪いの中ではなく、愛の中で生まれてきます。死神の城ではなく、温かいこの家で。……それが何より、嬉しいのです」
クラウスは深く頷いた。彼の腕に、いっそう力がこもった。守るべきものがまた、ひとつ増えた。その喜びと決意が、伝わってきた。
「この子には」
彼は静かに言った。
「私のような思いは、決してさせない。お前のような思いも。誰にも望まれず生まれてくる子になど、絶対にさせない。この子は、生まれたその日から、たくさんの愛に包まれて育つ」
その言葉に、私の胸が熱くなった。かつて誰にも望まれなかった私だからこそ、その誓いの重みが、痛いほど分かった。
その日から、城はいっそう明るくなった。
世継ぎの報せは、瞬く間に城じゅうに広まった。マルゴットも使用人たちも、皆、我がことのように喜んでくれた。ハンナも村から駆けつけて、涙を流して祝福してくれた。
かつて死ばかりが満ちていた城に今、新しい命を待つ喜びが満ちていた。誰もが、生まれてくる子の話で、持ちきりだった。
窓の外で、薬草園の緑が、風に揺れていた。
長い物語がひとつの実を、結ぼうとしていた。死神と毒の花嫁。憎しみと、復讐と、数えきれない死。そのすべてを越えて、私たちは新しい命を迎えようとしている。生まれてくるこの子は、もう誰も死神とは呼ばないだろう。この城に満ちるのは、呪いではなく、ただ温かな愛だけだ。
私はまだ平らかな腹に、そっと手を当てた。
ここに未来がある。光がある。私は優しく目を閉じた。霧の城に、確かな春が訪れていた。




