第60話
それから幾年かの月日が、流れた。
死神城と呼ばれた城は、もうどこにもない。今、人々がその城を語るとき、口にするのは温かな噂ばかりだ。優しい公爵と、薬草に通じた賢い夫人。そして二人を慕う、明るい人々の暮らし。
あの陰鬱な霧の城は、すっかり生まれ変わっていた。
薬草園は、年々豊かになっていった。
私はそこで育てた薬草で、領民を癒し続けた。子どもの熱を下げ、老人の痛みを和らげ、毒に倒れかけた者を何度も救った。毒に愛された娘の力は今や、この地に欠かせぬ恵みとなっていた。
かつて呪いと呼ばれたものが、たくさんの命を生かしている。あの頃の私には、想像もできなかった未来だった。
クラウスも、立派な領主として慕われていた。
長年彼を覆っていた死神の影は、完全に消えた。彼は民のもとへ自ら足を運び、その声に耳を傾けた。人を遠ざけていたあの男が今では誰よりも、人に頼られている。その変化を、私は誇らしく見守っていた。
彼は私を救った。そして私も、彼を救った。二人で互いの闇を、光に変えたのだ。
私たちの子は、すくすくと育った。
明るく好奇心旺盛な、愛らしい子だった。母に似て薬草が好きで、よく私のあとを追って薬草園を走り回った。父に似て芯が強く、優しい心を持っていた。
その子が笑うたびに、城じゅうが明るくなった。呪いの中ではなく、愛の中で生まれたひとつの命。それは私たちの歩んできた道のりの、何よりの証だった。使用人たちは、その子を宝物のように可愛がった。マルゴットは、まるで本当の祖母のように、いつもそばを離れなかった。
ある日、私は子を連れて、墓地を訪れた。
三人の先妻たちが眠る、あの場所。今では花が絶えず、よく手入れされている。私は子と共に花を手向け、静かに手を合わせた。
「ここに眠る方々がいたから」
私は幼い我が子に、語りかけた。
「今の私たちがあるの。決して忘れてはいけないわ」
子はまだ幼く、その意味をすべては分からなかっただろう。
けれど小さな手で、一生懸命に花を供えてくれた。その姿に、私の胸が温かくなった。失われた命は戻らない。けれどその無念を胸に刻み、前を向いて生きることが、残された者の務めなのだ。
霧の晴れた空に、鳥が軽やかに舞っていた。
その夜、私とクラウスは、いつものテラスに立っていた。
眠った子を乳母に預け、二人で星空を見上げる。出会った頃には想像もできなかった、穏やかな時間だった。あの頃、彼は私に「期待するな」「長くは生きられない」と告げた。今思えば、あれは突き放す言葉ではなく、これ以上誰も失いたくないという、彼なりの悲鳴だった。その彼が今、私の隣で、静かに笑っている。
「幸せか」
クラウスが静かに尋ねた。
私は彼を見上げ、迷わず頷いた。
「ええ。とても」
かつて私は、死を待つためにこの城へ送られた。
不吉な娘。毒に愛された、いらない子。誰にも望まれず、霧の彼方へ捨てられた。けれどその果てに、私はかけがえのないものを、すべて手に入れた。愛する人。守るべき家族。温かな居場所。そして、生きる意味を。
毒は私を、殺せなかった。むしろ私を、ここまで導いてくれた。
星空の下で、クラウスがそっと、私の手を握った。
その温もりが、私のすべてだった。長い物語の果てに、私たちは確かな幸せにたどり着いた。霧は晴れ、呪いは解け、城にはいつまでも消えない温かな光が、満ちていた。
毒に愛された令嬢は今、誰よりも愛されている。
夜空に、星が優しく瞬いていた。私たちの物語はこれからも、穏やかに続いていく。




