第57話
ハンナの縁談が、まとまった。
相手は近隣の村の、実直な青年だという。事件のあいだ私を支え続けてくれたハンナにも、ようやく幸せが訪れようとしていた。その報せを聞いて、私は我がことのように喜んだ。
「奥方様のおかげです」
ハンナは頬を染めて言った。
「奥方様がこの城に来てくださって、すべてが変わりました。私も前を向いて、生きられるようになりました。だから……こうして幸せを掴めたのです」
その言葉に、私の胸が温かくなった。
「あなたが自分で掴んだ幸せよ」
私は微笑んだ。
「あなたはずっと誠実に生きてきた。その心が人を引き寄せたの。胸を張りなさい」
ハンナの婚礼の支度を、私は喜んで手伝った。
城の者たちも総出で、彼女を祝福した。かつて陰鬱だった死神城に、こんなにも明るい笑い声が響く日が来るとは。誰も想像していなかっただろう。マルゴットも涙ぐみながら、ハンナの花嫁衣装を整えていた。あれほど私を嫌っていた彼女が、今は誰よりも頼もしい味方になっている。人の心は、変わるものなのだ。
城はすっかり、温かい場所に変わっていた。
婚礼の日。
ハンナはこれ以上ないほど、幸せそうに微笑んでいた。隣に立つ青年も、誠実そうないい青年だった。二人を見ていると、私の心まで満たされていった。
「奥方様」
婚礼の宴の途中、ハンナがそっと、私のそばへ来た。
「私ずっと、奥方様のおそばでお仕えしたいと思っていました。でも……」
「いいのよ、ハンナ」
私は彼女の手を取った。
「あなたには、あなたの幸せがある。新しい家庭を築きなさい。あなたが近くの村で幸せに暮らしているというだけで、私は嬉しいの」
ハンナの目に、涙がにじんだ。
「ありがとうございます。……奥方様にお会いできて、本当によかった」
その夜、宴が終わり、私はクラウスとテラスに立っていた。
星空が広がっていた。霧の晴れた夜は、こんなにも美しい星が見えるのだ。
「いい婚礼だったな」
クラウスがぽつりと言った。
「ああして城の者たちが、心から笑っている。……信じられないよ。ほんの少し前まで、この城は死に覆われていたのに」
「あなたが変えたのです」
私は彼に寄り添った。
「あなたと私で。一緒に」
クラウスは私の肩を、そっと抱き寄せた。その腕の温もりに、私は目を閉じた。長く苦しい道のりだった。死を待つために嫁いだ城で、何度も命を狙われ、そのたびに生き延びてきた。けれどその果てに、私たちは確かな幸せを掴んでいた。
星が瞬いていた。
「リネット」
クラウスが静かに、私の名を呼んだ。
「お前と出会えたことが、私の人生でいちばんの幸運だった。お前が私を生かしてくれた。死神だった私を、ひとりの人間に戻してくれた」
その言葉に、私の目から涙がこぼれた。
「私もです。あなたがいらない娘だった私を、必要としてくれた。だから私は、生きる意味を見つけられたのです」
二人でいつまでも、星空を見上げていた。
ハンナの幸せ。城の温もり。そして私たち二人の、確かな絆。すべては長い霧の果てにたどり着いた、かけがえのない宝物だった。
もうこの城に、死神はいない。毒の花嫁もいない。
いるのはただ、互いを愛し合うひとりの男とひとりの女。そして彼らを慕う、温かな人々だけ。
夜空に、星が優しく輝いていた。あの霧深い辺境にも、いつしか、確かな光が満ちていた。




