第56話
城に、ひとつの相談が持ち込まれた。
近隣の村で、子どもたちが次々と高熱を出しているという。原因が分からず、村は混乱していた。かつてなら、死神城に助けを求める者などいなかっただろう。けれど今、人々は私を頼ってくれていた。薬草に通じた公爵夫人として。
私はすぐに、村へ向かうことにした。
「私も行く」
クラウスが当然のように言った。
「お前ひとりでは行かせない。それに……私も領主として、民を助けたい」
その言葉に、私は嬉しくなった。かつて人を遠ざけ、城に閉じこもっていた彼が今、自ら民のもとへ足を運ぼうとしている。彼もまた、変わったのだ。
私たちは共に、村へと馬を走らせた。
村は、深刻な状況だった。
熱を出した子どもたちが、苦しそうに寝込んでいる。私はひとりひとり、丁寧に診ていった。症状を観察し、何が原因かを探る。やがて私は、ひとつの結論にたどり着いた。
「井戸の水です」
私は村人たちに告げた。
「最近この村の井戸に、何か悪いものが混じったのでしょう。この子たちの症状は、それが原因です」
私の見立ては、正しかった。
調べてみると、ある井戸の近くで家畜が死に、その毒が水に染み出していたのだ。私は村人たちに、その井戸を当面使わないよう指示した。そして子どもたちには、解毒を促す薬草を煎じて飲ませた。
数日のうちに、子どもたちの熱はすっかり引いた。村に安堵が広がった。
寝込んでいた子が、再び駆け回る姿を見たとき、私の胸に、深い喜びがこみ上げた。これこそ、私が本当にやりたかったことだ。毒を見分けるこの目も、薬草を調えるこの手も、人を傷つけるためではなく、人を救うために使われるべきものだった。
「奥方様は、命の恩人です」
村人たちは口々に、私へ感謝した。
「死神城の方を疑っていた自分たちが、恥ずかしい。本当にありがとうございました」
その言葉に、私の胸が温かくなった。毒に愛され、不吉と呼ばれてきたこの力。それが今、人々の命を救っている。長年の呪いが確かに、誰かを生かす力に変わっていた。
クラウスも、村人たちと言葉を交わしていた。
領主として何が必要かを尋ね、できる限りの支援を約束する。村人たちは最初こそ緊張していたが、やがて彼の誠実さに心を開いていった。死神公爵という恐ろしい噂は、もうどこにもなかった。
その様子を見て、私は思った。私たちは二人で、この地を変えていける、と。
帰り道、私たちは並んで馬を進めた。
「お前は、すごいな」
クラウスが感心したように言った。
「あれほど多くの命を救うとは。お前の知識は、本物だ」
「あなたこそ」
私は微笑んだ。
「立派な領主でした。村人たちが、あなたに心を開いていました。あなたはもう、死神ではありません」
クラウスは照れたように、目をそらした。
けれどその横顔は、誇らしげだった。長年自分を呪い、罰してきた男が今、人を救うことの喜びを知り始めている。それは私にとっても、何よりの喜びだった。
「これからも二人で、この地を守っていきましょう」
私が言うと、クラウスは深く頷いた。
「ああ。お前と共に」
夕暮れの空が、二人を茜色に染めていた。
毒に愛された娘の知識と、領主としてのクラウスの力。二つが合わされば、この地に多くの幸せをもたらせる。私たちには、果たすべき役割があった。
遠くに、城の影が見えてきた。あの陰鬱だった死神城。けれど今は帰る場所として、温かく私たちを迎えてくれる。
私は隣を進むクラウスを見て、そっと微笑んだ。かつて死を待つために向かったあの城が、今は、何よりも愛おしい我が家になっていた。




