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私は死んでも惜しくない娘のようです  作者: 小林翼


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52/60

第52話

 事件が解決しても、城の空気はすぐには変わらなかった。


 長年染みついた死神城の陰鬱さは、簡単には拭えない。使用人たちの顔には、まだどこか怯えの名残があった。けれど確かに、何かが変わり始めていた。


 まず変わったのは、私を見る目だった。



 かつて不気味な花嫁として遠巻きにされていた私を、使用人たちは今、敬意のこもった目で見るようになっていた。


 城を救った公爵夫人。長年の呪いを解いた聡明な女性。彼らの態度は、すっかり変わっていた。廊下ですれ違えば、誰もが深々と頭を下げる。


 けれど私は、それが少しくすぐったかった。私はただ、生き延びるために、できることをしてきただけなのだから。



「奥方様」


 ある朝、侍女頭のマルゴットが、私のもとを訪れた。かつて執拗に私を嫌がらせした、あの女だ。彼女はばつの悪そうな顔で、深く頭を下げた。


「これまでの数々のご無礼を……お許しください」


 その声は震えていた。誇り高い彼女が頭を下げるのは、よほどのことだったのだろう。



「顔を上げて、マルゴット」


 私は穏やかに言った。


「あなたは、この城を守ろうとしていただけでしょう。新しい花嫁がまた不幸になるのを、見たくなかった。だから私を遠ざけようとした。……違いますか」


 マルゴットが、はっと顔を上げた。その目に驚きが浮かんでいた。


「どうして、それを」



「あなたの嫌がらせは、どこか本気ではなかったから」


 私は微笑んだ。


「本当に私を憎んでいたなら、もっとひどいこともできたはず。でもあなたは、しなかった。あなたなりに、この城のことを案じていたのですね」


 マルゴットの目に、涙がにじんだ。長年誰にも理解されなかったその心を、私は見抜いていた。



「私は……ただ、もう誰も死なせたくなかったのです」


 マルゴットは声を詰まらせた。


「奥方様方が次々と亡くなっていくのを、見てきました。何もできない自分が悔しくて。だから新しい奥方様には深入りせず、早く出ていってほしかった。……それが、せめてもの優しさだと思って」


 不器用な優しさだった。けれどそこには確かに、城を思う心があった。



「ありがとう、マルゴット」


 私は彼女の手を取った。


「あなたのような人がこの城にいてくれて、よかった。これからは一緒に、この城を明るくしていきましょう」


 マルゴットは、こらえきれず涙をこぼした。長年の孤独な戦いが、ようやく報われた瞬間だった。


 わだかまりが溶けていく。城の中のひとつの氷が、解けた。



 その日を境に、城は少しずつ、変わり始めた。


 マルゴットは、誰よりも熱心に、私を支えてくれるようになった。使用人たちも、彼女に倣うように、心を開いていった。かつて凍りついていた城の空気に、笑い声が、ぽつりぽつりと戻ってくる。厨房からは、温かい料理の匂いが漂い、廊下には、明るい話し声が響くようになった。


 ハンナは、そんな変化を、嬉しそうに見つめていた。


「奥方様が来てくださってから、城が、まるで生き返ったみたいです」


 その言葉に、私の胸も、温かくなった。



 窓の外で、霧が流れていた。


 事件は終わった。けれど本当に大切なのは、これからだった。傷ついた人々の心を、ひとつずつ癒していくこと。死神城に、本当の温もりを取り戻していくこと。


 それは、私にしかできない仕事だと思った。毒に愛され、けれど人を癒すことを学んできた、私だからこそ。


 私は固く、決意を新たにした。この城を、温かい場所に変えてみせる。霧に沈んだこの北の辺境に、いつか、春のような日々を呼び込むのだ。


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