第51話
オーレリアの裁きは、滞りなく進められた。
エルマーの証言。先妻たちの死亡記録の改竄。秘伝の毒の流出経路。そして、城での、あの直接の凶行。動かぬ証拠が、すべて揃っていた。慈善家ローゼ夫人の正体が、連続殺人鬼オーレリアであったことは、近隣に、大きな衝撃を与えた。
聖女と讃えられた女の、おぞましい裏の顔。誰もが、言葉を失った。
同時に、クラウスへの嫌疑も、晴れた。
長年、妻を殺し続けた死神公爵。その悪名が、すべて、オーレリアの仕組んだものであったと、明らかになったのだ。育てられた噂。ヴィクトルを使った、悪評の流布。すべては、クラウスを孤立させ、罪を覆い隠すための、計略だった。
死神公爵は、被害者だった。人々の見る目が、少しずつ、変わっていった。
ヴィクトルにも、裁きが下された。彼は、毒の手配と悪評の流布に手を貸した罪を、隠さず認めた。みずからも毒を盛られ、駒として捨てられかけた末に、洗いざらい語ったことが、わずかに酌量された。公爵位の継承権を返上し、領地を去ること——それが、彼に課された罰だった。
「……すまなかった」
城を発つ日、ヴィクトルは、ただ一言、そう言い残した。かつての、あの完璧な笑みは、もう、どこにもなかった。クラウスは、何も言わず、ただ静かに、従弟の背を見送った。その中途半端な悪にも、ようやく、決着がついた。
私への、濡れ衣も、完全に消えた。
秘伝の毒を盗み出したのは、ハルヴァート家を追放されたエルマー。私は、何ひとつ、関わっていなかった。それどころか、私こそが、長年の謎を解き、真犯人を捕らえた、立役者だったのだ。
不吉な娘。毒に愛された、厄介者。そう呼ばれ続けてきた私が、今、城を救った英雄として、語られ始めていた。
皮肉なものだ、と思った。長年、私を縛ってきた、この体質。あらゆる毒が効かないという、忌まわしい呪い。それが、結局は、この城を救い、私自身を、生かした。呪いだと思っていたものが、誰かを守る力になる。そんな日が、来るとは。
ハルヴァート家からも、使者が来た。
彼らの態度は、すっかり、変わっていた。あれほど私を疎んじ、厄介払いした家が、今や、手のひらを返したように、私を讃えた。家の秘伝を守り、家の名誉を、回復してくれた、と。
私は、その言葉を、静かに聞いた。喜びも、怒りも、なかった。ただ、もう、あの家に、心を縛られることはないのだと、そう思った。
私の居場所は、もう、あそこにはない。
ある日、私は、クラウスと共に、墓地を訪れた。
三人の先妻たちが、眠る場所。かつて、クラウスが、夜ごと、ひとりで通っていた、あの墓標の前。私たちは、花を手向け、静かに、手を合わせた。今は、彼ひとりではない。私が、隣にいる。それだけのことが、彼にとって、どれほどの支えになっているか。握り合った手から、それが伝わってきた。
「ようやく、報いることができた」
クラウスが、ぽつりと言った。
「お前たちを、守れなかった。だが、お前たちの無念は、晴らした。……どうか、安らかに」
その横顔は、長年の苦しみから、ようやく解き放たれたように、穏やかだった。
「クラウス様」
私は、そっと、彼に寄り添った。
「あなたは、もう、ご自分を、責めないでください。あなたは、逃げずに、真実と向き合った。死んでいった方々も、それを、分かってくださっています」
クラウスは、私を見て、かすかに、微笑んだ。その笑みには、もう、影が、なかった。
墓地を、霧が、優しく包んでいた。
長い、長い呪いが、解けた。死神と呼ばれた男を、縛り続けてきた、過去の鎖。連なる死が、城に落とし続けてきた、暗い影。そのすべてが、今、ようやく、晴れようとしていた。
けれど、と私は思った。物語は、まだ、終わっていない。
オーレリアは、捕らえられた。けれど、彼女が遺した傷は、深い。クラウスの心の傷も、城に染みついた悲しみも、一朝一夕には、癒えない。
窓の外で、霧が、流れていた。
事件は、解決した。けれど、本当に大切なのは、これから先だった。傷ついたクラウスと、共に、新しい日々を、築いていくこと。死神の城に、本当の意味で、光を取り戻すこと。
私は、クラウスの手を、握った。彼も、強く、握り返してくれた。
長い霧の、その向こうに、かすかな夜明けの光が、差し始めていた。
私たちの、本当の物語が、これから、始まろうとしていた。




