第5話
翌朝、私は何ごともなかったように目を覚ました。
窓を開ければ、相変わらずの灰色の霧。けれど、その朝の空気は、いつもとどこか違っていた。身支度を整えにやってきた侍女たちの様子が、明らかにおかしいのだ。
彼女たちは、部屋に足を踏み入れた瞬間、はっと息を呑んだ。私を見て、それから卓の上の空のカップへと視線を走らせ、また私の顔へと戻す。その目には、隠しきれない驚愕が浮かんでいた。
まるで、墓から起き上がった死人でも見るような顔だった。
「……おはよう」
私は、わざと何でもないふうに微笑んでみせた。
すると、若い侍女のひとりが、ひっと小さく喉を鳴らし、慌てて目を伏せた。もうひとりは、震える手で空のカップを下げようとして、危うく取り落としかけた。
間違いない、と私は思った。
昨夜のあの茶に毒が盛られていたことを、彼女たちは知っている。少なくとも、何かが仕込まれていたことを察している。だからこそ、私が無事に朝を迎えたことに、これほど動揺しているのだ。
ということは——彼女たちのうちの誰か、あるいはその背後にいる誰かが、あの毒に関わっている。
私は、空になったカップを、さりげなく目で追った。
昨夜のうちに匂いは確かめてある。あれは、トリカブトを精製した、れっきとした殺しの毒だった。素人が遊び半分で盛れるものではない。相応の知識と、入手の経路を持つ者の仕業だ。
けれど、と私は思った。ここで、それを口に出してはならない。
「昨夜は、よく眠れたわ」
私は、努めて穏やかに言った。
「あの香草のお茶、とても気に入ったの。今夜も、ぜひいただきたいわ」
その言葉に、侍女たちの顔から、さっと血の気が引いた。互いに目を見交わし、何も答えられずに立ち尽くしている。
毒の効かぬ女が、その毒を「気に入った」と言い、もう一杯所望する。彼女たちの目に、私はどれほど不気味な存在に映っているだろう。けれど、それでいい。
恐れられるほうが、侮られるよりは、ずっとましだ。
侍女たちが下がると、私は静かに部屋を出た。
誰も、私の体質を知らない。毒が効かないことを、この城の誰ひとり知らない。それは、私にとって最大の武器だった。
相手は、毒を盛れば私が死ぬと思っている。だから、また盛ってくる。次も、その次も。そのたびに、相手は尻尾を、ほんのわずかずつ、こちらに見せることになる。誰が毒を用意し、誰がそれを運び、誰がそれを命じているのか。
死なない私だからこそ、それを、ひとつずつ手繰り寄せていける。
回廊を歩きながら、私は思考を巡らせた。
なぜ、私は狙われるのか。嫁いできたばかりの、まだ何の力も持たぬ花嫁を、誰が、何のために殺そうとするのか。
ここに来てから死んだ妻は、私で四人目になるはずだった。三人の先妻たちも、皆こうして毒を盛られたのだろうか。そして、何も知らぬまま、命を落としていったのだろうか。
もしそうなら——これは、ただの嫁いびりなどではない。
この城には、連なる死がある。誰かが、長いあいだ、ひそかに花嫁たちを手にかけ続けている。そして、その理由を、私はまだ、何ひとつ知らない。
窓の外で、霧が音もなく流れていた。
私は、ひとつ息を吐き、ちいさく呟いた。
「……誰が、なぜ」
その問いの答えへたどり着くまで、私は決して、死ぬわけにはいかない。
毒に愛されたこの体で、私は、この城の闇を、奥の奥まで覗いてやる。
冷たい石の廊下を、私は静かに、けれど確かな決意を胸に、歩き続けた。




