第49話
オーレリアは、長いあいだ、クラウスを見つめていた。
憎悪と未練の入り混じった、複雑な眼差し。やがて彼女は、堰を切ったように、語り始めた。これまで誰にも明かさなかった、その心の底を。
「あなたは、覚えているかしら。私たちが、将来を誓い合った日のことを」
その声は、震えていた。クラウスは、苦しげに目を伏せた。
「私は、すべてを捨てる覚悟だった」
オーレリアは、続けた。
「身分の違いも、まわりの反対も。あなたとなら、どんな困難も、乗り越えられると信じていた。なのに、あなたは……何も言わず、私を捨てた。ある日突然、政略結婚を決めて。私に、ひとことの説明もなく」
彼女の瞳から、涙が、一筋こぼれた。憎しみの涙だった。
「私が、どれほど傷ついたか。あなたには、想像もつかないでしょうね。捨てられた私は、生きる意味を、すべて失ったの。修道院に逃げ込んでも、あなたの面影は、消えなかった。来る日も来る日も、あなたのことばかり……そうして、私の心は、少しずつ、別のものに変わっていった」
「すまない」
クラウスが、絞り出すように言った。
「あれは、私の罪だ。家のために、お前を犠牲にした。許されることでは、ない」
「許す?」
オーレリアが、甲高く笑った。
「許してほしいなんて、思っていないわ。私は、ただ……あなたを、取り戻したかった。あなたの隣に立つ女が、許せなかった。次々と現れる、あの花嫁たちが」
彼女の声が、狂気を帯びていく。
「だから、消したの。ひとり、またひとり。あなたの隣を、空けるために。いつか、あなたが、私のもとへ戻ってくるように。私だけを、見るように」
その告白に、クラウスの顔が、蒼白になった。自分のために、何人もの女性が、殺された。その事実の重さに、彼は、打ちのめされていた。修道院を出てからの数年。彼女は、毒を学び、慈善家の仮面を作り、ただこの目的のためだけに、生きてきたのだ。
「お前は……そのために、罪のない者たちを……」
「罪がない?」
オーレリアの瞳が、暗く燃えた。
「あの女たちは、私から、あなたを奪おうとした。それが、罪でなくて、何なの。私は、ただ、奪われたものを、取り返そうとしただけ。あなたへの、愛のために」
愛。その言葉に、私は、ぞっとした。
これは、愛などではない。愛の形をした、おぞましい執着。人を殺すことを、愛だと信じて疑わない、歪みきった心。長い年月をかけて、彼女の中で、想いは、こんなにも、ねじ曲がってしまった。
「それは、愛ではありません」
私は、口を挟んだ。
オーレリアの視線が、私に向いた。射殺すような、冷たい目。
「あなたは、何も分かっていない。愛したことのない娘に、何が分かるというの」
「分かります」
私は、まっすぐに、彼女を見返した。
「愛とは、相手の幸せを願うものです。相手を縛り、まわりを傷つけ、命まで奪うもの……それは、愛とは呼びません。あなたがしてきたことは、ただ、あなた自身の苦しみを、他人に押しつけてきただけ」
オーレリアの顔が、憤怒に歪んだ。図星を突かれた者の、激しい動揺。
「黙りなさい……! 黙れ!」
彼女の手が、震えていた。長年信じてきた「愛」を、真っ向から否定され、その心が、激しく乱れていた。
窓の外で、霧が、渦巻いていた。
オーレリアの歪んだ動機が、すべて明らかになった。捨てられた恨み。クラウスへの、執着。そして、それを「愛」と信じ込んできた、悲しい狂気。
憐れな女だ、と思った。けれど、その憐れさは、彼女の罪を、何ひとつ、軽くはしない。
私は、息を整えた。彼女の心は、今、激しく揺れている。この対決の、本当の山場が、すぐそこに、迫っていた。




