第47話
囮の計画は、慎重に進められた。
私たちは、ひとつの噂を、わざと流すことにした。公爵夫人が、世継ぎを宿したらしい、と。それは、嘘だった。けれど、オーレリアにとって、これ以上ない引き金になるはずだった。
世継ぎの兆し。これまで、花嫁たちが殺されてきた、その時機。クラウスと私の絆が、決定的なものになる、その報せ。彼女は、決して、見過ごせないだろう。
噂は、ハンナや、城の味方たちを通じて、静かに広められた。
慈善の名のもとに、各地と繋がるオーレリア。彼女の耳に、それが届くのに、そう時はかからないはずだった。私たちは、待った。彼女が、動き出すのを。
緊張の日々が、続いた。いつ、どんな形で、攻撃が来るか分からない。私は、口にするものすべてに気を配り、常に、周囲を警戒した。
そして、数日後。
ローゼ夫人から、城へ、一通の文が届いた。お祝いの言葉と共に、ぜひ、お見舞いに伺いたい、という申し出。慈善家らしい、心のこもった文面だった。一読すれば、誰もが、彼女の優しさに、胸を打たれるだろう。けれど、私には、その流麗な文字の一つひとつが、毒を含んだ罠に見えた。
来た、と私は思った。
彼女は、餌に食いついた。お見舞いという名目で、城へ入り込み、私に近づこうとしている。これまで、花嫁たちにしてきたように。
「会いましょう」
私は、クラウスに言った。
「彼女を、城へ招くのです。お見舞いという、彼女自身が選んだ口実で。そして、私と二人きりになる機会を、与えます。彼女は、必ず、その隙に、何か仕掛けてくる。その瞬間を、押さえるのです」
「二人きりだと?」
クラウスの顔が、険しくなった。
「危険すぎる。彼女が、お前に直接、手を出したら——」
「だからこそ、です」
私は、静かに言った。
「彼女は、用心深い。人目があれば、決して尻尾を出しません。二人きりだと思わせて初めて、本性を見せる。……でも、本当の二人きりには、しません。隣の部屋に、あなたとハンナが控える。何かあれば、すぐに飛び込める態勢で」
クラウスは、しばらく考え込んだ。そして、苦渋の表情で、頷いた。
「分かった。だが、少しでも危険を感じたら、すぐに合図を出せ。私が、飛び込む」
「はい」
私たちは、綿密に、段取りを決めた。ローゼ夫人を迎える部屋。クラウスとハンナが控える、隣室。いざというときのため、信の置ける衛兵も、人目につかぬよう近くに伏せておく。合図の方法。万が一のときの、対応。すべてを、想定した。
毒が効かない私だからこそ、できる賭けだった。けれど、毒以外の手段——刺客や、刃物には、警戒を怠れない。
準備を整えながら、私は、奇妙な感覚に襲われていた。
ついに、彼女と、向き合う。クラウスを愛し、その想いを、これほどまでにねじ曲げてしまった女。何人もの罪なき花嫁を、手にかけてきた女。長く霧に隠れてきた、その素顔と、私は、対面することになる。
憐れだ、と思った。同時に、許せない、とも思った。彼女もまた、かつては、ひとりの男を愛した、ただの女だったはずだ。それが、なぜ、こんな化け物になってしまったのか。その答えを、私は、彼女自身の口から、聞きたかった。
恐怖は、あった。けれど、それ以上に、奇妙な決意が、私を満たしていた。終わらせるのだ。この、連なる死の連鎖を。
窓の外で、霧が、深く渦巻いていた。
罠は、仕掛けられた。あとは、獲物が、踏み込んでくるのを待つだけ。
オーレリア。あなたは、お見舞いの仮面をかぶって、この城へ来る。けれど、待っているのは、もう、何も知らぬ無力な花嫁ではない。あなたの罪を、すべて見抜いた、毒の効かぬ女だ。
私は、固く拳を握った。決着の時が、目前に迫っていた。
明日、彼女が、来る。




