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私は死んでも惜しくない娘のようです  作者: 小林翼


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第41話

 二人は、オーレリアの空白を、洗い始めた。


 修道院を出てから、ローゼ夫人として現れるまでの、数年間。その間に、彼女が何をしていたのかを、明らかにすれば、すべての繋がりが、見えてくるはずだった。クラウスは、公爵の権限を使い、各地の記録を、取り寄せてくれた。


 私たちは、夜ごと、暖炉のそばで、それらを照らし合わせた。



 城の古い記憶をたどるときには、ひとりの老人の力を借りた。ゴットフリート——代々ヴェルナー家に仕え、家の暗部を誰よりも知る、老執事だ。先妻たちが嫁いできた日のことも、その最期のことも、彼は静かに胸に刻んでいた。普段は表に出ず、何を問うても多くを語らぬ男だったが、私とクラウスが真実を追い始めたと知ると、初めて、その重い口を開いてくれたのだ。



 少しずつ、オーレリアの足取りが、浮かび上がってきた。


 修道院を去った彼女は、まず、薬学を学べる土地へと、向かっていた。各地の薬師のもとを、転々としながら、毒物の知識を、深めていったのだ。彼女は、もともと聡明だった。けれど、その聡明さを、この数年で、人を殺すための技術へと、磨き上げていた。


「なぜ、彼女は……」


 クラウスが、苦しげに、呟いた。



「彼女は、準備していたのです」


 私は、静かに、言った。


「あなたへの、復讐を。いいえ、復讐とも、少し違うかもしれません。捨てられた、その想いを、抱えたまま……あなたを、独り占めするための、計画を。そのために、毒の知識を、身につけた」


 記録は、それを、裏付けていた。彼女が学んだ毒物の知識。それは、まさに、先妻たちを蝕んだ、あの緩慢な毒の系統と、重なっていた。



 そして、もうひとつ。


 調べを進めるうち、私は、ある事実に、行き当たった。オーレリアが、薬学を学ぶ過程で、ある人物と、接触していた形跡があったのだ。かつて、名のある薬師の家に、出入りしていた、ひとりの男。けれど、その記録は、断片的で、その男が誰なのかまでは、辿れなかった。


 協力者。


 オーレリアには、薬の道で繋がった、協力者がいた。その人物が、城の内通者かもしれない。けれど、まだ、名前には、たどり着けなかった。



「内通者の手がかりは、まだ、掴めません」


 私は、悔しさをにじませた。


「けれど、オーレリアが、ひとりで、すべてを成し遂げたのではないことは、確かです。彼女は、城の外にいる。なのに、城の中で、毒が盛られ続けた。必ず、内側に、手を貸す者がいる」


 クラウスの顔が、曇った。城の中の、裏切り者。それが誰なのか。彼にも、まだ、見当が、つかないようだった。



 けれど、空白の数年は、多くを、語っていた。


 修道院を出たオーレリアが、毒を学び、ローゼ夫人という仮面を、用意し、慈善の名声を、築き上げ、そして、城へと近づいていった。その、執念に満ちた、周到な過程。すべては、ひとつの目的のために。クラウスを、独り占めするために。


 それは、もはや、愛などではなかった。愛の形をした、執着の、なれの果てだった。



「哀れな女だ」


 クラウスが、ぽつりと、言った。


「私が、彼女を、こうしてしまった。私が、捨てなければ……」


「クラウス様」


 私は、彼の手を、握った。


「もう、それは、言わないでください。あなたの過ちと、彼女の罪は、別のものです。彼女は、自分の意志で、人を殺す道を、選んだ。あなたが、背負うことでは、ありません」



 窓の外で、霧が、流れていた。


 オーレリアの空白が、埋まっていく。彼女が、何を準備し、どんな執念で、ここまで来たのか。その全貌が、ようやく、見え始めていた。


 あと、必要なのは、決定的な、証拠だった。彼女がローゼ夫人であることを、城内の内通者の正体を、誰もが認める形で、暴くための。


 私たちは、確実に、核心へと、近づいていた。



 けれど、その時。


 霧の向こうで、オーレリアもまた、動き始めていた。私たちが、自分の正体に、気づいたことを——彼女は、すでに、察していたのだ。


 追う者と、追われる者。その立場が、静かに、逆転しようとしていることに、この時の私は、まだ、気づいていなかった。


 暖炉の火が、ぱちりと、爆ぜた。


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