表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は死んでも惜しくない娘のようです  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/60

第39話

 私は、ひとつの葛藤を、抱えていた。


 ローゼ夫人がオーレリアだという、この疑い。それを、クラウスに、はっきりと告げるべきか否か。彼には、すでに、ローゼ夫人への疑いは話してある。けれど、「オーレリア本人だ」と、確信をもって突きつけるのは、また別のことだった。


 かつて愛した人の名を、連続殺人鬼として、彼の前に並べる。それが、どれほど彼を傷つけるか。私は、ためらっていた。



 オーレリアは、クラウスの古傷そのものだった。


 若き日に愛し、家のために、自らの手で捨てた女。その罪悪感を、彼は今も、引きずっている。先妻たちの死さえ、自分の罪の報いだと、思い込んでいるほどに。そんな彼に、「オーレリアこそが犯人だ」と告げれば——彼の心は、二重に、抉られるだろう。


 愛した人を捨てた罪。そして、その人が、殺人鬼になっていたという、現実。



 私は、薬草園で、ひとり考え込んだ。


 黙っていることも、できた。確証が揃うまで、「ローゼ夫人」という名だけで、調査を進めることも。そうすれば、最後の瞬間まで、クラウスを、苦しみから守れるかもしれない。


 けれど、と私は、思い直した。


 それは、彼を、子ども扱いすることだ。真実から、目を背けさせることだ。長く、真実から逃げ続けてきた彼を、また、逃がすことになる。



 それに、沈黙は、危険でもあった。


 オーレリアは、すぐ近くにいる。いつ、私や、クラウスを、狙ってくるか分からない。もし、私が真実を隠したまま、何かが起きたら。クラウスは、何も知らされぬまま、また、大切な人を、失うかもしれない。


 彼を守るための沈黙が、かえって、彼を、危険に晒す。


 それは、本末転倒だった。



「リネット」


 その夜、クラウスが、薬草園に、姿を見せた。


「何か、隠しているな。このところ、お前の様子が、おかしい」


 彼は、まっすぐに、私を見つめた。その瞳には、不安と、それ以上に、私を案じる色が、あった。もう、彼を欺くことは、できなかった。彼は、私の些細な変化さえ、見抜くほどに、私を見ていてくれる。



 私は、覚悟を決めた。


「クラウス様。……お話ししなければ、ならないことが、あります」


 私は、彼の目を、見つめ返した。


「ローゼ夫人のことです。私は、調べを進めた結果……確信しました。あの女性は、ただの慈善家では、ありません。彼女こそが——」


 言葉が、喉で、つかえた。けれど、私は、続けた。


「オーレリア様、その人です」



 クラウスの顔から、表情が、抜け落ちた。


 長い、沈黙が、流れた。彼は、ただ、立ち尽くしていた。私の言葉が、彼の中で、ゆっくりと、形を成していくのを、私は、息を詰めて、見守った。やがて、彼は、掠れた声で呟いた。


「……オーレリアが」


「はい」


「彼女が、すべてを……?」



 私は、これまで集めた断片を、ひとつずつ、彼に語った。


 修道院を出た時期。隣領に現れた時期。城への出入り。先妻たちの容態が急変した時期との、不気味な符合。そして、私が直接見た、あの氷の瞳。すべてが、ローゼ夫人=オーレリアを、指し示していること。


 クラウスは、黙って、聞いていた。その横顔は、苦痛に、歪んでいた。けれど、彼は、目を、背けなかった。逃げずに、最後まで、聞ききった。



 窓の灯りが、霧の向こうに、滲んでいた。


 私は、彼に、残酷な真実を、突きつけた。けれど、それは、必要なことだった。彼を、本当に守るためには、すべてを、共有しなければならない。


 クラウス様。あなたは、これを、どう受け止めるのですか。かつて愛した人が、殺人鬼だという、この事実を。


 私は、固唾を呑んで、彼の言葉を、待った。


 彼の選択が、これから先のすべてを、決める。そんな予感が、私の胸を、締めつけていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ