第38話
茶会から戻った私は、すぐに調査に取りかかった。
ローゼ夫人がオーレリアであることを示す断片を、ひとつでも多く集めねばならない。あの氷の瞳だけでは、何の証拠にもならない。慈善の名声に守られた彼女を糾弾するには、誰もが否定できない事実が必要だった。
私は、クラウスやハンナの力を借り、ローゼ夫人の足取りを、丹念に辿っていった。
調べるほどに、不審な点が浮かび上がってきた。
ローゼ夫人が隣領に現れたのは、オーレリアが修道院を去ったのと、同じ年だった。彼女が城に出入りを始めたのは、最初の奥方が亡くなる、少し前。そして、彼女が「見舞い」と称して城を訪れた時期は、先妻たちの容態が急変した時期と、ことごとく重なっていた。
偶然では、説明がつかなかった。彼女が城に現れるたびに、花嫁が死へと近づいていく。
決定的とまでは言えない。けれど、限りなく黒に近い。
断片は、いくつも集まった。けれど、そのどれもが、状況を示すものに過ぎなかった。ローゼ夫人が城を訪れていたのは事実。けれど、それ自体は罪ではない。彼女が毒を盛った瞬間を、誰も見ていない。彼女とオーレリアが同一人物だと、証明する術もまだない。
焦りが、私の胸を焦がした。確信はある。けれど、確証がない。
「もどかしいわ」
私は、薬草園で、思わず呟いた。
「あの女が、すべての元凶だと、もう分かっているのに。手を伸ばせば届きそうなのに、捕まえられない」
隣で土をいじっていたハンナが、心配そうに私を見た。
「奥方様。あまり、ご無理をなさらないで。あの御方は、慈善で名高い、力のある方です。下手に動けば、こちらが、潰されてしまうかも」
ハンナの言うとおりだった。
ローゼ夫人は、身分も高く、慈善の名声に守られている。証拠もなしに、彼女を犯人だと名指しすれば、私のほうが、悪意ある中傷者として、退けられるだろう。むしろ、それこそ、相手の思う壺かもしれない。毒の効かぬ厄介な花嫁を、別の形で、城から追い出すための。
私は、慎重に動かねばならなかった。けれど、ぐずぐずしてはいられない。
なぜなら、時は、相手にとっても、有利に働くからだ。
私とクラウスの仲は、深まっている。もし、世継ぎの兆しでも見えれば——いや、たとえ見えなくとも、私たちが固く結ばれたと知れば、オーレリアは、必ず動く。これまでの花嫁にしてきたように、私を、消そうとして。
私は、囮として、狙われる立場にある。それは、危険であると同時に、好機でもあった。彼女が動けば、尻尾を掴める。
けれど、緊張は、日に日に募った。
城のどこかで、見えざる手が、毒を準備しているかもしれない。ローゼ夫人が、次にいつ、どんな形で、攻撃を仕掛けてくるか。それが、まったく読めない。私は、口にするものすべてに気を配り、ハンナにも、警戒を怠らぬよう、頼んだ。
毒は効かない。けれど、刺客や事故は、別だ。あの階段の細工のように。
その夜、私は、なかなか寝つけなかった。
ローゼ夫人=オーレリア。確信は、もう揺るがない。あとは、それを、誰もが認める形で、証明するだけ。彼女の空白の過去。修道院を出てから、ローゼ夫人になるまでの、数年間。そこに、必ず、尻尾がある。
私は、決めた。クラウスと共に、その空白を、徹底して洗い出そう、と。
窓の外で、霧が、深く渦巻いていた。
動かせぬ確信と、掴めぬ確証。その間で、私は、焦りと緊張に、苛まれていた。
けれど、退くつもりは、なかった。あと一歩。あと一歩で、あの仮面を、剥ぎ取れる。
私は、暗闇の中で、固く目を閉じ、来るべき戦いに、備えた。霧の向こうで、黒幕もまた、こちらを見据えているのを、感じながら。




