第37話
対面の機会は、慈善の茶会という形で訪れた。
ローゼ夫人が、近隣の貴婦人を集めて開く、施しの会。私は、ヴィクトルの伝手を頼らず、ハンナの手引きで、その席に紛れ込んだ。クラウスは、同行を強く望んだ。けれど、彼が顔を出せば、相手は警戒する。私は、ひとりで会うと決めた。遠くで見守る、という約束のもとに。
会場は、隣領の瀟洒な邸宅だった。私は、深く息を吸い、その扉をくぐった。
ローゼ夫人は、すぐに分かった。
貴婦人たちの中心で、柔らかな微笑みを浮かべ、優雅に立つ女性。歳の頃は、クラウスと近いだろうか。気品にあふれ、物腰は穏やかで、非の打ちどころのない淑女だった。彼女が口を開けば、誰もが聞き入り、彼女が微笑めば、場が華やいだ。
これが、ローゼ夫人。慈善で名高い、聖女のような未亡人。その姿に、私は、しばし見入った。
「あら、見慣れないお顔ね」
ローゼ夫人が、私に気づき、近づいてきた。
「どちらの、御方かしら」
私は、素性を、半ば伏せて名乗った。北の領地から、療養のために来ている、と。彼女は、優しげに微笑み、私の手を取った。
「まあ、それは大変ね。お体を、大切になさって。よろしければ、わたくしの調合した薬を、お分けしましょうか」
その手は、温かかった。その声は、慈愛に満ちていた。けれど。
その瞬間だった。
薬の話になった、ほんの一瞬。私が、薬草の専門的な名を、何気なく口にしたとき。ローゼ夫人の瞳の奥を、すっと、何かが、よぎった。
氷のような、冷たさ。
慈愛の仮面の下から、ほんの刹那、覗いた、別のもの。鋭く、暗く、底知れぬ何か。私が薬草に通じていると悟った、その瞬間に走った、警戒と——敵意。私は、それを、見逃さなかった。
すぐに、彼女は、元の微笑みに戻った。
「まあ、あなた、薬草にお詳しいのね」
その声は、再び、穏やかだった。けれど、私の背筋には、もう、冷たい汗が、伝っていた。間違いない。この女は、ただの慈善家ではない。あの目は、聖女の目では、ない。
獲物を見定める、捕食者の目だった。
そして、私が薬草に通じていることを、彼女は今、警戒すべき相手として、記憶に刻んだ。
「ええ、少しばかり」
私は、何でもないふうを、装った。
「故郷で、習いましたの。けれど、ローゼ夫人のお噂は、かねがね。慈善のお心、本当に、頭が下がります」
「いいえ。困っている方を、放っておけないだけですわ」
彼女は、たおやかに、微笑んだ。完璧な、淑女の微笑み。けれど、私には、もう、その奥が、見えていた。この優しさは、すべて、作りものだ。人を欺くための、精巧な、仮面なのだ。
茶会のあいだ、私は、彼女を、注意深く観察し続けた。
立ち居振る舞い。言葉の選び方。人への接し方。どれも、完璧だった。完璧すぎた。まるで、長い年月をかけて、磨き上げられた、ひとつの役柄のように。本当の自分を、何重にも覆い隠した、作り上げられた姿。
ローゼ夫人という、聖女は、存在しない。いるのは、その仮面をかぶった、別の女だ。
帰りの道すがら、私は、確信を、深めていた。
あの女が、オーレリアだ。あの氷の瞳こそ、捨てられた恨みを、何年も抱え続けた、執念の証だ。慈善という、誰も疑えぬ仮面をかぶり、堂々と城へ出入りし、花嫁たちを、手にかけてきた。
けれど、確証は、まだ、なかった。あの一瞬の冷たさだけでは、誰も、信じてはくれない。
私は、握った手に、力を込めた。
窓の外を、霧が、流れていた。
完璧な淑女の、その仮面の下に、私は、確かに、別の顔を、見た。
ローゼ夫人。あなたが、オーレリアなのですね。あなたが、すべての元凶なのですね。
けれど、その仮面を、剥ぎ取るには、もっと、確かなものが、要る。私は、決めた。彼女の空白の過去を、徹底して暴いてやる、と。
黒幕との、静かな戦いが、始まろうとしていた。




