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私は死んでも惜しくない娘のようです  作者: 小林翼


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第35話

 その返事は、ある朝、城に届いた。


 修道院へ送った、問い合わせの使い。それが、ようやく戻ってきたのだ。オーレリアが、本当にそこにいるのかどうか。すべてを決定づける、その答え。私は、震える手で、届いた書状を受け取った。


 クラウスも、隣で、固唾を呑んでいた。彼の表情は、こわばっていた。かつて愛した女の安否を確かめることが、これほど恐ろしいとは。私は、封を切った。



 書状には、修道院長の、丁寧な文字が並んでいた。


 私は、それを、一行ずつ読み進めた。そして、ある一文にたどり着いたとき——背筋が、凍りついた。


 オーレリアという女性は、確かに、かつてこの修道院にいた。けれど、彼女は数年前に、院を去っていた。俗世に戻ったのだ。それきり、消息は、誰も知らないという。


「……いない」


 私は、掠れた声で呟いた。



 オーレリアは、修道院に、いなかった。


 クラウスが信じていた、唯一の安心。彼女は神に仕える道を選び、もう、過去の人になった——その前提が、音を立てて、崩れ去った。彼女は、数年前から、俗世のどこかで、生きている。


 クラウスの顔から、血の気が引いていった。


「そんな……」


 彼は、呆然と、呟いた。


「では、彼女は……今も、どこかに……」



 数年前。


 その言葉が、私の頭のなかで、別の事実と、重なった。ヴィクトルが、フードの女に接触されたのも、数年前。ヴェールの女が、薬種を買い求め始めたのも、おおよそ同じ頃。そして、オーレリアが修道院を去ったのも、数年前。


 すべての時期が、ぴたりと、符合する。


 偶然などでは、ありえなかった。



「彼女は、すぐ近くにいる」


 私は、確信をこめて、言った。


「修道院を出てから、ヴェールの女として、この城へ手を伸ばし続けてきた。クラウス様、あなたを巡るすべての殺人は……オーレリアの仕業です。もう、疑いようがありません」


 クラウスは、言葉を失っていた。かつて自らの手で捨てた女が、その恨みを、何年も抱え続け、罪なき花嫁たちを、ひとり、またひとりと、手にかけてきた。その事実の重さに、彼は、打ちのめされていた。



「私の、せいだ」


 彼は、絞り出すように言った。


「私が、彼女を捨てたから。私が、彼女を、こんな化け物に、変えてしまった。死んでいった妻たちは、私の罪の、犠牲になったんだ」


「違います」


 私は、強く、言った。


「人を殺めるかどうかは、その人自身が選ぶことです。あなたの過ちと、彼女の罪は、別のものです。あなたが、すべてを背負う必要は、ありません」



 けれど、クラウスの瞳は、暗く沈んでいた。


 私は、彼の手を、握った。今は、彼を、ひとりにしてはいけない。この真実は、彼の心を、深く抉るだろう。だからこそ、私が、そばにいなければ。


「彼女は、すぐ近くにいます」


 私は、繰り返した。


「だから、これからは、いっそう、用心しなければなりません。けれど——もう、相手の正体は、見えています。あとは、その姿を、引きずり出すだけです」


 クラウスは、ゆっくりと顔を上げた。その瞳に、絶望の色は、まだ濃く残っていた。けれど、その奥に、ほんのわずかながら、別の光が灯ろうとしていた。決着をつけたい、という覚悟の光が。長く彼を縛ってきた呪いの正体が、ついに名前を持ったのだ。逃げ続けてきた真実と、彼はようやく、向き合おうとしていた。



 窓の外で、霧が、いつもより濃く、渦巻いていた。


 オーレリア。修道院を出た女。すぐ近くに潜む、執念の影。


 長く霧のなかに隠れていた黒幕が、ついに、その輪郭を、はっきりと現そうとしていた。彼女は、どこにいるのか。どんな顔で、私たちの近くに、紛れ込んでいるのか。


 私は、握った手に、力を込めた。


 第二の幕が、閉じようとしていた。そして、その向こうに——黒幕との、本当の対決が、待っていた。


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