第34話
ヴィクトルの看病は、思いがけず、私とクラウスの距離を縮めた。
毒を盛られた彼の容態は、まだ油断できなかった。私は夜通し付き添い、解毒の薬湯を絶やさぬよう気を配った。そんな私を、クラウスは放っておけなかったらしい。彼もまた、夜更けの病室に姿を見せた。
「少しは休め」
彼は、私の肩に外套をかけながら言った。
「お前まで倒れたら、元も子もない」
その手の温もりに、私の胸が、小さく跳ねた。
二人きりの、静かな夜だった。
ヴィクトルが眠る寝台の脇で、私たちは並んで腰を下ろしていた。蝋燭の灯りが揺れ、互いの横顔を淡く照らしている。長い沈黙のなか、クラウスがふいに口を開いた。
「お前が来てから、城が変わった気がする」
彼の声は、低く穏やかだった。
「凍りついていたものが、少しずつ溶けていくようだ。……それが、お前のおかげだということに、私はもう、気づいている」
私は、彼を見つめた。
蝋燭の灯りのなかで、その瞳は、もう死神のものではなかった。傷つきながらも、必死で前を向こうとする、ひとりの男の瞳だった。私の心が、温かく、満たされていく。
「私こそ」
私は、囁くように言った。
「あなたに、救われました。この城に来るまで、私はずっと、不吉な娘でした。誰にも必要とされず、毒に愛されただけの。……でも、あなたは、私を必要としてくれた」
言葉にした瞬間、私は、自分の想いを、はっきりと自覚した。
これは、恋だ。
いつの間にか、私はこの人を、心の底から、愛おしいと思うようになっていた。彼の不器用な優しさを。傷だらけの過去を。そして、私を守ろうとする、その腕を。共闘の相手ではない。ひとりの男として、私は彼に、惹かれていた。
クラウスの瞳にも、同じ色が宿っているのが、分かった。彼もまた、私を——。
「リネット」
彼は、私の名を、噛みしめるように呼んだ。
そして、ためらいがちに、私の手に、自らの手を重ねた。大きく、温かい手だった。私は、その手を、そっと握り返した。言葉は、いらなかった。互いの想いは、もう、伝わっていた。
長い、長い、回り道だった。死神と毒の花嫁。最初は、敵意すら抱いていた二人が、今、こうして、心を通わせている。
奇跡のようだ、と思った。
けれど、その喜びと、ほぼ同時に。
冷たい恐怖が、私の胸を、よぎった。
世継ぎの兆しが見えた花嫁が、次々と殺されてきた。クラウスと、確かな絆を結ぼうとした女が、必ず命を落としてきた。ならば——私が、彼と心を通わせた今、犯人は、これまで以上の執念で、私を狙ってくるだろう。
私は、毒では死なない。けれど、犯人は、別の手を使う。刺客。事故。何でもいい。私を、確実に、消すために。
私は、握った手に、力を込めた。
「クラウス様」
「どうした」
「私は、必ず、生き延びます」
私は、まっすぐに、彼を見つめた。
「あなたのそばで。何があっても。……だから、あなたも、約束してください。私を信じて、最後まで、一緒に戦うと」
クラウスは、私の覚悟を受け止めるように、深く頷いた。
「ああ。約束する」
窓の外で、霧が流れていた。
芽生えた恋は、温かかった。けれど、その温かさは、同時に、新たな危険の合図でもあった。私たちが結ばれることを、犯人は、決して許さない。
近づいてくる影を感じながら、それでも、私はこの想いを、手放したくなかった。
愛と、命の危険。その二つを、私は同時に抱えて、これから先の戦いへ、足を踏み出そうとしていた。
蝋燭の灯りが、静かに、揺れていた。




