第33話
その言葉を、私は、何度も、反芻した。
あの女は、ただ、クラウス様を、独り占めしたいだけだ——。
ヴィクトルのその一言が、これまでばらばらだった謎を、一気に照らし出した。なぜ、花嫁ばかりが、狙われるのか。なぜ、世継ぎの兆しが、引き金なのか。なぜ、城の外から、これほどの執念で、手を伸ばし続けてきたのか。
すべては、ひとつの、歪んだ想いに、収束していた。
クラウスを、誰にも、渡したくない。
金では、なかった。
権力でも、地位でも、なかった。もし、そうなら、ヴィクトルを使い、もっと、効率よく、公爵位を奪う方法も、あっただろう。けれど、犯人は、ただ、ひたすらに、花嫁を、殺し続けてきた。クラウスの隣に、誰も、立たせまいとして。
それは、もはや、合理では、説明のつかない、執着だった。
愛と呼ぶには、あまりに、歪んでいた。けれど、その根にあるのは、確かに、ねじ曲がった、愛の、なれの果てだった。
私は、クラウスに、ヴィクトルの証言を、伝えた。
彼は、黙って、聞いていた。けれど、「独り占め」という言葉に、その表情が、わずかに、こわばった。何か、思い当たることが、あるのだろう。私は、慎重に、言葉を、選んだ。
「クラウス様。……心当たりが、おありですか」
彼は、長い間、沈黙していた。やがて、絞り出すように言った。
「……分からない。だが」
「だが、もし」
彼は、苦しげに、続けた。
「もし、それほどの執念で、私に、こだわる女が、いるのだとしたら。……私の、人生で、そんな相手は、ひとりしか、思い当たらない」
彼は、その名を、口にしなかった。けれど、私には、分かった。彼の胸に、浮かんでいる名が。
オーレリア。
彼が、若き日に愛し、そして、自らの手で、捨てた女。
「だが、彼女は」
クラウスは、首を振った。
「修道院に、いるはずだ。俗世を、捨てて。もう、何年も。……まさか、彼女が、こんなことを、するはずが」
その声には、否定したい、という、必死な響きが、あった。かつて愛した人が、殺人鬼だなどと、信じたくない。当然の、感情だった。
けれど、と私は、思った。否定したい気持ちは、分かる。けれど、事実から、目を、背けてはならない。
「修道院への、問い合わせを、待ちましょう」
私は、静かに、言った。
「彼女が、本当に、そこにいるのなら、私たちの、考えすぎです。けれど、もし、いなかったら——」
その先は、言わなかった。けれど、クラウスにも、私の言いたいことは、伝わったはずだ。
彼は、固く、目を閉じた。その横顔に、深い、葛藤が、刻まれていた。愛した人を、疑うことの、苦しみ。けれど、それを、避けては、通れないという、覚悟。
その夜、私は、ひとり、薬草園に、立った。
月の光が、霧を、淡く、滲ませていた。育った苗が、夜風に、静かに、揺れている。
オーレリア。もし、あなたが、犯人なら。私は、あなたと、向き合わなければならない。クラウスを愛し、その想いを、これほどまでに、ねじ曲げてしまった、あなたと。
憐れだ、と思った。同時に、許せない、とも思った。あなたの執着が、何人もの、罪なき女性の命を、奪ったのだから。
窓の灯りが、霧の向こうに、ぼんやりと、滲んでいた。
すべては、オーレリアへと、収束していく。ヴェールの女。彼女が来る。薬に通じた、執念の女。独り占めしたい、という、歪んだ動機。
点が、線になり、線が、ひとつの、像を結ぼうとしていた。
あとは、確証だけだった。修道院からの、返事。それが、すべてを、決定づける。
私は、月を、見上げた。霧の奥で、真実が、こちらを、じっと、見つめ返しているような気が、した。
——もう、すぐだ。




