第30話
罠を、仕掛けることにした。
ヴィクトルを、追い詰める。けれど、ただ問い詰めても、あの男は、のらりくらりと、かわすだろう。だから、逃げ場のない状況を、作る必要があった。私は、クラウスと、綿密に、策を練った。
「証拠を、突きつけるのです」
私は、言った。
「ヴィクトルが、毒の手配に関わっていたという、証拠を。たとえ、こちらの掴んでいるものが、断片であっても。彼が、それを『すべて知られた』と思い込めば、必ず、動揺します。そこを、突くのです」
その夜、私たちは、ヴィクトルを、一室に呼び出した。
逃げ場のない、奥まった部屋。扉の外には、クラウスの手の者を、配してある。私とクラウスが、彼と、向かい合った。ヴィクトルは、いつもの笑顔で、現れた。けれど、その目の奥には、わずかな、警戒の色が、あった。
「これは、改まって。何の、お話でしょう」
「ヴィクトル」
クラウスが、静かに口を開いた。「お前に、聞きたいことがある」
「隣領の、薬種商を、覚えているか」
クラウスの言葉に、ヴィクトルの笑みが、わずかに強張った。
「ヴェールの女が、秘伝の毒の材料を、買い求めていた。そして、その取り次ぎをしていた人物の、手がかりがある。……お前だな、ヴィクトル」
それは、半ば、はったりだった。確たる証拠は、まだ、なかった。けれど、私たちは、彼の動揺を、誘った。
ヴィクトルの顔から、すっと血の気が引いた。
「な……何を、おっしゃるのか」
彼は、なおも、笑おうとした。けれど、その声は、震えていた。
「私が、毒の手配だなんて……冗談は、おやめください。私は、あなた方の、味方ですよ」
「では」
私は、たたみかけた。
「昨夜、東屋で、フードの人物と、密会していたのは、なぜですか。あなたが、頭を下げていた、あの相手は、誰なのです」
ヴィクトルの表情が、凍りついた。見られていた、と。その事実が、彼の余裕を完全に打ち砕いた。
長い、沈黙が、流れた。
ヴィクトルは、うつむき、肩を震わせていた。やがて彼は、観念したように、深く息を吐いた。あの完璧だった仮面が、音を立てて剥がれ落ちていく。
「……認めますよ」
彼は、掠れた声で言った。
「毒の手配に、手を貸したのは、私です。隣領の商人との、取り次ぎも。……私が、やりました」
その告白に、クラウスの顔が、険しくこわばった。
「なぜだ、ヴィクトル」
クラウスの声に、怒りと悲しみが、滲んだ。
「お前は、私の、従弟だろう。なぜ、こんなことに、手を貸した。継承権が、欲しかったのか。私の妻たちを、殺してまで——」
「違う!」
ヴィクトルが、叫んだ。
「私は……殺してなど、いない! 私は、ただ、手配を……物を、運んだだけだ。誰かを、殺すなんて、そんなつもりは——」
彼の目に、涙が、滲んだ。追い詰められ、すべてを、吐き出すように。
「私は、指示されただけだ」
彼は、絞り出すように言った。
「背後に……『あの方』がいる。私は、ただ、命じられるままに、動いていただけなんだ。逆らえなかった。あの方には……!」
あの方。
その一語に、私とクラウスは、顔を見合わせた。
やはり、ヴィクトルは、駒に過ぎなかった。彼を、操っていた、誰か。「あの方」と、彼が、畏れをこめて呼ぶ、その人物こそが——真の、黒幕。
窓の外で、霧が、渦巻いていた。
「その『あの方』とは、誰だ」
クラウスが、鋭く、問うた。ヴィクトルは、唇を、震わせた。今にも、その名を、口にしようと——。
その時だった。
ヴィクトルの口を割らせる、あと一歩。けれど、運命は、そこで、無情にも、別の手を、打とうとしていた。
真実は、目前だった。けれど、それは、するりと、手のひらから、こぼれ落ちようとしていた。




