第3話
謁見は、翌日の昼に行われた。
通されたのは、城の奥にある広間だった。天井は高く、長い窓から差し込む光さえ、霧に濾されて灰色に沈んでいる。壁には古い紋章旗がかけられ、その下で、ひとりの男が、玉座のような椅子に深く腰を沈めていた。
クラウス・ヴェルナー公爵。
ひと目見て、私は言葉を失った。
噂に聞く死神とは、もっとおぞましい怪物だろうと、どこかで思っていた。けれど、そこにいたのは、ただ静かな男だった。
黒い髪に、北の氷のような薄い色の瞳。整いすぎた顔立ちは、まるで精巧な彫像のようで、しかしそこには、生きた人間の温もりがまるで通っていなかった。表情は微動だにせず、こちらを見据える眼差しは、感情というものを底まで凍らせてしまったかのようだった。
美しい、と思った。そして同時に——ひどく、寂しい人だと思った。
なぜそう感じたのか、自分でも分からなかった。
私は規定どおりに膝を折り、頭を垂れた。
「リネット・ハルヴァートと申します。本日より、お側に仕えさせていただきます」
声は、思いのほか静かに出た。怯えてなどいないと、自分に言い聞かせるように。
長い沈黙が落ちた。
男は、私を見つめたまま、しばらく口を開かなかった。値踏みするのではない。むしろ、何か遠いものでも見るような、奇妙に虚ろな眼差しだった。
やがて、彼は低く、抑揚のない声で言った。
「ハルヴァート家の娘か」
「はい」
「期待するな」
その一言は、刃のように冷たかった。
「ここへ来た者は、皆、長くは生きられない。お前も同じだ。何も望むな。何にも、心を傾けるな。……そのほうが、互いに楽だ」
突き放すような言葉だった。歓迎でも、慰めでもない。ただ、最初から、私が死ぬことを前提とした言葉。
胸の奥で、ちりりと、何かが灼けた。
反発だった。この家でも、ハルヴァートでも、私はずっと、こうして「死んでも構わない者」として扱われてきた。それを、ここでもまた——会ったばかりのこの男に、当然のように告げられる。
私は、垂れていた頭を、ゆっくりと上げた。そして、まっすぐに彼の瞳を見返した。
「……心に留めておきます」
そう答える私の声に、わずかな硬さが滲んだのを、彼は聞き取っただろうか。
その瞬間だった。
凍りついていた彼の瞳の奥を、ふっと、何かが過った。
ほんの一瞬。瞬きほどのあいだ。けれどそれは確かに、冷たさとは違う、もっと深く、もっと痛ましい何かだった。後悔か。悲しみか。あるいは——恐れか。
守れなかった者を悼むような、その影。
冷酷に人を遠ざける男の、凍てついた仮面の、ほんのわずかな裂け目。私はそれを、たしかに見た。
彼はすぐに目を伏せ、その影を闇の奥へと押し隠した。
「下がっていい」
声は、もう何の感情も帯びていなかった。
広間を辞し、長い回廊を戻りながら、私の胸には、ひとつの確信が芽生えていた。
あの人は、ただの冷血な怪物などではない。死神と呼ばれるあの男の奥には、何か——深く凍りついた、けれど確かに痛んでいる、人の心がある。
なぜ、三人もの妻が死んだのか。なぜ、彼はあれほど人を遠ざけるのか。なぜ、あの瞳は、あんなにも寂しいのか。
謎は、霧のように城を覆っていた。
この城に来てから、私が見たものを、頭の中で並べてみる。冷たい使用人たち。封じられた西棟。怯えた侍女の横顔。そして、たった今見た、あの公爵の瞳に過った影。それらはばらばらの断片のようでいて、その底に、ひとつの暗い流れが通っているような気がしてならなかった。
けれど、と私は思った。霧は、いつか必ず晴れる。
——私が、晴らしてみせる。
灰色の光の中を、私は静かに、けれど確かな足取りで歩いていった。




