第26話
その夜、クラウスは、ついに、すべてを語った。
暖炉の火が、静かに爆ぜる、彼の私室。私たちは、向かい合って座っていた。長く沈黙していた彼が、やがて、低い声で、口を開いた。
「聞いてほしい。私の、過去を」
その声は、覚悟を秘めていた。これまで、決して誰にも明かさなかった、彼の人生の、闇の部分を。私は、黙って、頷いた。
「私の結婚は、すべて、政略だった」
彼は、火を見つめながら、語り始めた。
「家のため、領地のため。私の意志など、関係なかった。次々と、見知らぬ女性が、私のもとへ嫁いできた。……そして、次々と、死んでいった」
彼の横顔が、苦しげに、歪んだ。
「最初の妻が死んだとき、私は、偶然だと思った。二人目が死んだとき、不運だと思った。けれど、三人目が同じように逝ったとき——私は、ようやく、悟ったんだ。これは、呪いだと」
「私は、調べた」
彼は、続けた。
「妻が死ぬたびに、毒ではないか、誰かの仕業ではないかと、徹底して調べさせた。最も信を置く者に。……だが、返ってくる答えは、いつも同じだった。『ご病気です』『心の臓が、弱っておられました』と」
私の胸が、ちくりと、痛んだ。
最も信を置く者。それが、誰なのか。クラウスは、まだ、気づいていない。けれど、私の頭には、ひとつの顔が、ぼんやりと、浮かびかけていた。——いや。まさか。私は、その考えを、慌てて、振り払った。
「証拠は、何ひとつ、出なかった」
彼の声に、深い疲れが、滲んだ。
「調べても、調べても、すべては『病死』で、片付けられた。私は、次第に、思うようになった。調べること自体が、苦しみを長引かせるだけなのだと。死んだ者は、還らない。真実を求めるほど、私は、傷つくだけだと。……だから、最後には、調べることすら、やめてしまった」
彼は、固く、目を閉じた。
「私は、逃げたんだ。真実から。そして、死神と呼ばれることを、受け入れた。それが、私への、罰なのだと」
「でも」
私は、そっと、口を挟んだ。
「あなたは、夜ごと、墓へ通っていた。奥方様たちのもとへ。……諦めてなど、いなかったのではありませんか」
クラウスが、はっと、顔を上げた。
「見ていたのか」
「ええ。あなたの背中を。あれは、人を殺める者の姿ではありませんでした。あなたは、ずっと、悔やみ続けていた。守れなかったことを。……だから私は、あなたを信じられたのです」
彼の瞳が、わずかに、潤んだ。
暖炉の火が、ぱちりと、爆ぜた。
「リネット」
彼は、私の名を、噛みしめるように呼んだ。
「お前が来てから、私は、変わった。諦めていたものを、もう一度、信じてみようと思えた。お前が、毒に倒れず、笑い、戦う姿を見ているうちに……私の中の、凍りついていた何かが、溶けていったんだ」
その言葉に、私の胸が、温かく、満たされた。
「私も、です」
私は、微笑んだ。「あなたと出会って、私も、変わりました」と。
けれど、と私は、ふと、思った。
最も信を置く者が、いつも「病死」と告げた。その人物こそが、もし——。考えかけて、私は、また、首を振った。証拠もないのに、誰かを疑うべきではない。けれど、その小さな違和感は、私の胸の奥に、消えずに、残り続けた。
暖炉の火が、二人の顔を、柔らかく照らしていた。
「明日からも、二人で、調べていきましょう」
私が言うと、クラウスは、深く、頷いた。
「ああ。……もう、ひとりでは、ない」
窓の外で、霧が、流れていた。
彼の過去を知り、私たちの絆は、いっそう、深まった。死神と呼ばれた男の、その奥にあった、傷だらけの心。私は、それを、丸ごと、受け止めようと思った。
そして、心に誓った。彼の長い苦しみを、必ず、終わらせると。真実を暴き、彼を、呪いから解き放つのだと。
火が、静かに、燃えていた。




