第25話
翌日、薬種商からの報せが、届いた。
クラウスの放った使いが、帳面を検めてきたのだ。あの古い商人は、約束どおり、過去の記録を、丹念に調べてくれていた。
その報告を、私とクラウスは、二人で受けた。届いた書付に目を走らせ、私は、息を呑んだ。
「……やはり」
そこには、確かに、記されていた。秘伝の毒の材料となる薬種を、何年もの間、ときおり買い求めていた人物のことが。
その人物は、いつも、ヴェールで顔を隠していたという。
名は名乗らず、けれど、薬草に関して、並々ならぬ知識を持っていた。商人いわく、「あれほど薬に詳しいご婦人は、見たことがない」と。
ご婦人。
その一語が、すべてを、決定づけた。犯人は、女だ。顔を隠し、薬に通じ、長年にわたって、この毒の材料を集め続けてきた、ある女。
「彼女が来る」
私は、思わず、口にした。イザベラの遺した、あの言葉を。
「イザベラは、知っていたのです」
私は、クラウスに告げた。
「自分を殺そうとしているのが、外から来る、ある女だと。だから、最後に書き残した。『彼女が来る』と。そして、この商人の証言。ヴェールの女。——間違いありません。犯人は、女です。城の外に身を置きながら、ここへ毒を送り込んでいる、ある女が」
クラウスの顔が、険しくなった。
彼の脳裏にも、何か、思い当たるものが、よぎったのかもしれない。けれど、彼は、それを口にはしなかった。ただ、深く、考え込んでいた。
「内通者と、外の女」
彼は、低く呟いた。
「城の中で毒を盛る者と、それを操る、外の女。二人が、手を組んでいる、というのか」
「ええ」
私は、頷いた。
「外の女が、毒を用意し、城の内通者が、それを花嫁たちに盛る。そうして、何年もかけて、三人の奥方様を……そして、口を封じるために、あの侍女まで。証拠が残らなかったのも、当然です。城の内と外で、巧みに分業されていたのですから」
謎の輪郭が、ようやく、はっきりと見え始めていた。
けれど、その「女」が、誰なのか。
まだ、名前には、たどり着けない。けれど、確かに、影は、こちらへ近づいてきていた。顔を隠した、薬に通じた女。クラウスと、何らかの関わりを持つ、その女。
私が、考えを巡らせていると、クラウスが、ふいに、私の手を取った。
「リネット」
彼の声は、いつになく、真剣だった。
「昨日、お前が刺客に襲われたとき」
彼は、私の手を、強く握った。
「私は、初めて、本当に、怖いと思った。お前を、失うことが。……三人の妻を見送ったときとも、違う恐怖だった。お前だけは、絶対に、死なせたくない。そう、思ったんだ」
その瞳に、もう、凍りついた色は、なかった。あるのは、ただ、まっすぐな、剥き出しの想い。
私の胸が、熱く、震えた。
「私も」
私は、彼の手を、握り返した。
「私も、もう、あなたを死神だなんて、思っていません。あなたは、誰よりも優しくて、誰よりも傷ついている、ひとりの人です。……あなたを、ひとりにはしません。何があっても」
次の瞬間、彼は、私を、そっと抱き寄せた。
昨日の、取り乱した抱擁とは、違った。今度は、もっと静かで、もっと確かな、互いを思い合う者の腕だった。私は、彼の胸に、そっと身を預けた。彼の鼓動が、私の鼓動と、重なっていく。
「君は、私が守る」
彼は、もう一度、囁いた。
今度こそ、その誓いは、私の心の、いちばん深いところまで、届いた。すれ違いは、消えた。私たちは、もう、ただの共闘者ではなかった。
窓の外で、霧が、ゆっくりと流れていた。
ヴェールの女。その正体へ、私たちは、二人で、近づいていく。
もう、ひとりではない。
その確かな温もりを胸に、私は、彼の腕の中で、固く、目を閉じた。




