第24話
刃が、振り下ろされる——その寸前だった。
風を切る音とともに、ひとつの影が、男たちの間に割って入った。鈍い打撃音。くぐもった呻き。先頭の刺客が、地に崩れ落ちる。
私が、目を見開いたとき、そこに立っていたのは——クラウスだった。
「リネット!」
彼は、剣を構え、私を背に庇った。肩で息をしている。ここまで、馬を飛ばして、駆けつけてくれたのだ。
刺客たちは、ひるんだ。
けれど、数で勝る彼らは、なおも、私たちを取り囲もうとした。クラウスは、私を背後に守りながら、鋭く剣を振るった。普段の、人を寄せつけぬ静けさからは、想像もつかぬ激しさだった。彼は、まるで——私を、絶対に死なせまいとするかのように、戦っていた。
やがて、形勢の不利を悟った刺客たちは、捨て台詞を残し、霧の中へと逃げ去った。
路地に、静寂が戻った。
クラウスは、剣を収め、私のほうを振り返った。
その顔は、怒りと、安堵と、それ以上の何かで、ぐしゃぐしゃに歪んでいた。
「なぜだ」
彼は、掠れた声で言った。
「なぜ、ひとりで、こんな無茶を。何も告げずに……お前が死んでいたら、私は——」
言葉が、途切れた。彼の手が、震えていた。私を案じるあまり、取り乱しているのだ。あの、感情を凍らせた死神が。
「ごめんなさい」
私は、こみ上げるものを、堪えながら言った。
「あなたに、迷惑をかけたくなかった。……それに、潔白を、証明したかったんです。使われた毒が、わが家の秘伝に似ていることを、いつか話さなければと。だから、その出所を、ひとりで調べに来て——」
「馬鹿な女だ」
クラウスは、私を遮った。けれど、その声には、もう怒りはなかった。ただ、痛いほどの、安堵だけがあった。
「お前が、何を隠していようと、構わない。秘伝の毒だろうと、何だろうと、私は、お前を疑わない。……ただ、生きていてくれ。それだけで、いい」
その言葉に、私の目から、こらえていた涙が、こぼれた。すれ違っていた心が、今、ようやく、ほどけていくのを感じた。
「君は、私が守る」
彼は、ぎこちなく、けれど、まっすぐに言った。
不器用な、誓いだった。けれど、それは、長く凍りついていた彼の心が、ようやく、誰かのために動き出した証だった。私は、その言葉を、胸の奥に、深く刻んだ。
「……はい」
霧の中で、私たちは、しばらく、互いを見つめ合っていた。
城へ戻る道すがら、私は、彼に、すべてを話した。
秘伝の毒のこと。ひとりで調査に出た、その理由。クラウスは、黙って、最後まで聞いてくれた。そして、私を疑う色は、もう、その瞳には、なかった。
「もう、ひとりで抱えるな」
彼は、静かに言った。
「これからは、二人で調べる。お前の身は、私が守る。……約束だ」
その言葉に、私は、深く頷いた。
その夜、城に戻った私のもとへ、ハンナが、駆け寄ってきた。
「奥方様! ご無事で……!」
彼女の目には、涙が滲んでいた。私を案じて、クラウスに知らせてくれたのは、彼女だった。私は、その手を、そっと握った。
「ありがとう、ハンナ。あなたのおかげよ」
味方が、いる。信じられる人が、ここにいる。その温かさが、胸に、じんわりと染みた。
窓の外で、霧が、流れていた。
あの薬種商は、明日、帳面を調べてくれるという。顔も知れぬ、薬に詳しい人物。その正体に、もう一歩で、手が届く。
犯人は、やはり、女なのか。外から、この城へ手を伸ばしてくる、ある女。
彼女が来る——イザベラの遺した、あの言葉が、頭の中で、繰り返し響いていた。
私は、クラウスの温もりを、まだ手のひらに残したまま、固く、心に誓った。
——必ず、暴く。あなたと、二人で。




