表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は死んでも惜しくない娘のようです  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/60

第21話

 その確信は、私を、震え上がらせた。


 侍女を殺した毒。先妻たちを蝕んだ毒。その症状を、私は、繰り返し頭の中で検めた。食が細り、微熱と倦怠が続き、痩せ衰え、最後に心の臓が止まる。蓄積する、緩慢な毒。


 そして、それは、あまりにも——わが家の、あの秘伝に、似ていた。


 ハルヴァート家の、門外不出の毒。



 私は、薬草園にこもり、記憶を辿った。


 幼い頃、誰にも相手にされず、ひとり書庫に潜り込んでは、家の古い書物を読み漁った。その中に、厳重に封じられた一冊があった。代々の当主だけが知る、秘伝の調合。あらゆる毒に通じたハルヴァート家が、唯一、世に出すことを禁じた、特別な毒。


 その毒の作用が、今、先妻たちと侍女を殺したものと、寸分違わず、重なっていた。


 間違いない。あれは、ハルヴァートの秘伝だ。



 なぜ。


 なぜ、わが家の、門外不出の毒が、この北の辺境の城で、人を殺しているのか。


 秘伝を知る者は、ごく限られている。当主である父。そして——調合の書に触れることを許された、一族のごく一部の者だけ。それ以外の人間が、この毒を再現できるはずが、ない。


 私の頭に、おぞましい考えが、浮かんだ。


 ハルヴァートの、誰かが。私の家の、身内の誰かが、この殺人に、関わっているのではないか。



 けれど、すぐに、もうひとつの可能性が、頭をもたげた。


 秘伝に触れられたのは、一族の者だけではない。かつて、ハルヴァート家には、外から雇われた薬師たちも、出入りしていた。腕のいい者は、家の奥深くまで立ち入り、秘伝の一端に、触れる機会があったかもしれない。


 もし、そうした「外の誰か」が、何らかの理由で家を去り、その知識を、悪用しているのだとしたら——。


 わが家の身内か。それとも、かつて家に出入りしていた、外の誰かか。



 どちらにせよ、と私は思った。


 これは、ただの偶然ではない。犯人は、ハルヴァート家と、何らかの繋がりを持っている。わが家の秘伝を知り、それを使って、この城の花嫁たちを、ひそかに殺してきた。


 そして、もし、それが世に知れたら。


 ハルヴァートの秘伝で、人が殺されている——その事実は、わが家を、破滅させかねない。いや、それどころか。私自身が、ハルヴァートの娘である私が、その毒の出所を、疑われることになる。


 ぞっとした。



 犯人は、もしかしたら、それすら、計算しているのかもしれない。


 ハルヴァートの秘伝を使うことで、いざとなれば、その罪を、ハルヴァート家に——あるいは、嫁いできた私に、なすりつけられるように。毒が効かず、なかなか死なない厄介な花嫁を、別の形で、葬り去れるように。


 考えれば考えるほど、相手の周到さに、肌が粟立った。


 これは、ただの連続殺人ではない。幾重にも張り巡らされた、緻密な罠だ。私は、その罠の、ちょうど真ん中に、立たされているのだ。



 私は、薬草園の苗床を見つめた。


 クラウスに、これを伝えるべきだろうか。使われた毒が、わが家の秘伝だということを。けれど、それを告げれば、彼は、どう思うだろう。私を——ハルヴァートの娘である私を、疑うかもしれない。せっかく芽生え始めた、二人の間の信頼に、ひびが入るかもしれない。


 言うべきか。隠すべきか。


 私の胸の中で、相反する思いが、激しくせめぎ合った。


 けれど、隠し通すことなど、できはしない。いずれ、必ず、露見する。それなら——。


 私は、固く目を閉じた。



 窓の外で、霧が、音もなく流れていた。


 わが家の毒。外の犯人。そして、私自身に向けられかねない、嫌疑の影。


 点と点が、また、ひとつ繋がった。けれど、その繋がりは、私を、いっそう危うい立場へと、追い込もうとしていた。


 私は、ゆっくりと、目を開けた。


 ——逃げては、いられない。


 明日、私は、クラウスに、すべてを話す。たとえ、彼の瞳に、疑いが浮かんだとしても。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ