第20話
凶手は、ついに、別の者へと及んだ。
その朝、城が、にわかに騒がしくなった。若い侍女のひとりが、急な「病」で倒れたのだ。私が駆けつけると、彼女は寝台で、苦しげに喘いでいた。額に脂汗を浮かべ、顔は土気色に沈んでいる。
ひと目で、私は気づいた。これは、病ではない。
症状は、先妻たちを蝕んだあの緩慢な毒と、同じ型だった。けれど——進行が、桁違いに速い。緩やかに殺すはずの毒が、この娘には、一気に、確実に効くよう、仕込まれている。
殺す意図が、明白だった。
なぜ、この侍女が。私は、彼女の顔を見て、はっとした。昨夜のことを思い出したのだ。この娘は、夕暮れ時、私に何か言いかけていた。「奥方様、わたし、見てしまって……」と。けれど、そこで誰かに呼ばれ、話は、途切れたままになっていた。
見てしまった。
彼女は、何かを目撃したのだ。西棟か、あるいは、毒の仕込まれる現場か。そして、それを私に告げようとした。その矢先に——口を、封じられた。
私は、すぐにエルマーを呼んだ。
「エルマー先生! この娘を、調べてください。これは、ただの病ではありません。毒です」
駆けつけたエルマーは、侍女を診て、深刻な顔で頷いた。
「……これは、いけませんな。高い熱と、急な衰弱。流行り病かもしれません」
「流行り病? いいえ、これは——」
「奥方様」
エルマーは、私を遮った。穏やかだが、有無を言わせぬ声だった。
「もし流行り病なら、城じゅうに広がりかねません。直ちに隔離し、手厚く葬らねば。他の者に、移してはなりません」
その娘は、その日のうちに、息を引き取った。
そして、エルマーは、てきぱきと事を進めた。流行り病の恐れがあるとして、遺体を隔離し、検分の暇も与えず、埋葬を急がせたのだ。私が、もっと詳しく症状を調べたい、毒の証拠を探したいと願い出ても、彼は穏やかに、けれど断固として、それを退けた。
「奥方様のお気持ちは分かります。ですが、感染を防ぐのが、医者の務め。ご遺体に、これ以上、人を近づけるわけにはまいりません」
その言葉は、正しかった。正しすぎた。誰も、それに逆らえなかった。
毒の証拠は、遺体とともに、土の下へと消えた。
その夜、私は、薬草園で考え込んだ。
城の内に、手を下す者がいる。それは、もう確定だった。外の「彼女」のために、城の中で、実際に毒を盛る者。今度は、口封じのために、ためらいなく使用人まで手にかけた。
誰だろう。
まっさきに浮かんだのは、マルゴットだった。私を執拗に嫌う、あの侍女頭。けれど——私は、すぐに、その考えを打ち消した。マルゴットには、毒の知識がない。あの緩慢な毒を調合し、病に見せかける術など、彼女には、とても操れない。
違う。もっと、医術を解する者だ。
医術を解する者。
私は、その言葉を、頭の中で繰り返した。毒を、病に見せかけられる者。死を、自然なものと偽れる者。遺体を管理し、検分を阻める者。
それができるのは、城の中で、限られている。マルゴットではない。彼女は、囮のようなものだ。本当の手は、もっと——医術に通じた、別の誰かにある。
誰が、毒を「病」に変えられるのか。
その問いが、闇の中で、冷たく光った。私は、まだ、その名にたどり着けずにいた。けれど、影は、確実に、濃くなっていた。
窓の外で、霧が、ひときわ深く渦巻いていた。
ひとりの侍女が、何かを見てしまったというだけで、命を奪われた。それほど、相手は、容赦がない。私が真相に近づけば、次に狙われるのは、私の周りの者かもしれない。ハンナ。あるいは、クラウス。
背筋が、冷たくなった。
次に倒れるのは、誰なのか。
私は、握った手を、固く握りしめた。この城に巣食う、見えざる手を、一刻も早く、暴かねばならない。
城の鐘が、霧の向こうで、低く、不吉に鳴った。




