第18話
社交界へ出る機会は、ヴィクトルがもたらした。
近隣の貴族が催す茶会に、彼が私を誘ったのだ。クラウスは、こうした集まりを嫌う。けれど、城に閉じこもってばかりでは、外の手がかりは掴めない。私は、ヴィクトルの案内で、久方ぶりに人の集う場へと出かけた。
「奥方を紹介できて、光栄ですよ」
馬車の中で、ヴィクトルは上機嫌だった。
「皆、あなたに会いたがっている。何しろ、死神公爵の新しい花嫁ですからね。……ああ、失礼。この呼び名は、お気に障るでしょうが」
茶会の場で、私は、無数の好奇の視線に晒された。
貴婦人たちは、扇の陰で、ひそひそと囁き合った。私が近づくと、わざとらしく話題を変える。けれど、聞き耳を立てていれば、断片は、いくらでも拾えた。
「あの公爵に嫁いで、よくご無事で」
「どうせ、長くは保たないでしょうけれど」
「死神に魅入られた一族ですもの。近づかないほうが」
死神公爵。その悪名は、私が思っていた以上に、広く、深く、社交界に根を張っていた。
けれど、と私は、ふと、引っかかった。
彼らの語る「死神公爵」の噂は、どれも、奇妙なほど、似通っていた。
妻を次々に呪い殺す、冷酷な男。近づく者に不幸をもたらす、不吉な一族。まるで、誰かが用意した、同じ筋書きを、皆が口移しに繰り返しているかのよう。噂というものは、本来、語る者ごとに、少しずつ形を変えていくものだ。なのに、この噂は——あまりに、均質すぎた。
私は、何人かの貴婦人に、それとなく尋ねてみた。その話を、どこで聞いたのか、と。
答えは、ぼんやりとしていた。
「さあ……どこで聞いたかしら。でも、皆、そう言っていますわ」
「ずいぶん前から、囁かれていたことですもの」
誰も、噂の出所を、はっきりとは答えられなかった。けれど、いくつかの証言を辿っていくうち、私は、奇妙な事実に気づいた。
この悪評が、ある時期から、急に勢いを増していること。そして、その背後に、噂を「広めて回る」何者かの影が、ちらついていることに。
噂は、自然に湧いたのではない。
育てられている。
その言葉が、私の頭に浮かんだ。誰かが、長い時をかけて、意図的に「死神公爵」の悪名を、社交界に植えつけ、水をやり、大きく育ててきたのだ。クラウスを孤立させ、不吉な男だと、皆に思い込ませるために。
なぜ、そんなことを。
答えは、おそらく、ひとつだ。クラウスを、社会から切り離すため。彼が人々から疎まれ、誰も近づかなくなれば、城の中で何が起きても、外の目が届かなくなる。花嫁が死んでも、「また死神のせいだ」と、誰も真相を疑わなくなる。
噂は、犯人の、巧妙な隠れ蓑だったのだ。
ぞっとした。
犯人は、ただ花嫁を殺しているだけではない。クラウスの評判そのものを、長年かけて作り変え、すべての死を「死神公爵の呪い」で塗り潰せるよう、周到に地ならしをしていた。これほどの執念と計画性を持つ者が、相手なのだ。
そして、それができるのは、社交界に通じ、人々の間を自在に動ける、そういう立場の者だ。
私は、隣で談笑するヴィクトルを、ちらりと見た。彼は、貴婦人たちに囲まれ、軽やかに笑っていた。社交界に通じ、人を動かすことに長けた男。
偶然、だろうか。
帰りの馬車の中で、私は、窓の外の霧を見つめていた。
育てられた噂。隠された犯人の影。そして、ヴィクトルのあの完璧な笑顔。
点と点が、まだ線にはならない。けれど、確かに、何かが、繋がろうとしている。
私は、握った手に、そっと力を込めた。霧の奥に潜む影は、少しずつ、その輪郭を、こちらへ見せ始めていた。




