表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は死んでも惜しくない娘のようです  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/19

第18話

 社交界へ出る機会は、ヴィクトルがもたらした。


 近隣の貴族が催す茶会に、彼が私を誘ったのだ。クラウスは、こうした集まりを嫌う。けれど、城に閉じこもってばかりでは、外の手がかりは掴めない。私は、ヴィクトルの案内で、久方ぶりに人の集う場へと出かけた。


「奥方を紹介できて、光栄ですよ」


 馬車の中で、ヴィクトルは上機嫌だった。


「皆、あなたに会いたがっている。何しろ、死神公爵の新しい花嫁ですからね。……ああ、失礼。この呼び名は、お気に障るでしょうが」



 茶会の場で、私は、無数の好奇の視線に晒された。


 貴婦人たちは、扇の陰で、ひそひそと囁き合った。私が近づくと、わざとらしく話題を変える。けれど、聞き耳を立てていれば、断片は、いくらでも拾えた。


「あの公爵に嫁いで、よくご無事で」


「どうせ、長くは保たないでしょうけれど」


「死神に魅入られた一族ですもの。近づかないほうが」


 死神公爵。その悪名は、私が思っていた以上に、広く、深く、社交界に根を張っていた。



 けれど、と私は、ふと、引っかかった。


 彼らの語る「死神公爵」の噂は、どれも、奇妙なほど、似通っていた。


 妻を次々に呪い殺す、冷酷な男。近づく者に不幸をもたらす、不吉な一族。まるで、誰かが用意した、同じ筋書きを、皆が口移しに繰り返しているかのよう。噂というものは、本来、語る者ごとに、少しずつ形を変えていくものだ。なのに、この噂は——あまりに、均質すぎた。


 私は、何人かの貴婦人に、それとなく尋ねてみた。その話を、どこで聞いたのか、と。



 答えは、ぼんやりとしていた。


「さあ……どこで聞いたかしら。でも、皆、そう言っていますわ」


「ずいぶん前から、囁かれていたことですもの」


 誰も、噂の出所を、はっきりとは答えられなかった。けれど、いくつかの証言を辿っていくうち、私は、奇妙な事実に気づいた。


 この悪評が、ある時期から、急に勢いを増していること。そして、その背後に、噂を「広めて回る」何者かの影が、ちらついていることに。


 噂は、自然に湧いたのではない。



 育てられている。


 その言葉が、私の頭に浮かんだ。誰かが、長い時をかけて、意図的に「死神公爵」の悪名を、社交界に植えつけ、水をやり、大きく育ててきたのだ。クラウスを孤立させ、不吉な男だと、皆に思い込ませるために。


 なぜ、そんなことを。


 答えは、おそらく、ひとつだ。クラウスを、社会から切り離すため。彼が人々から疎まれ、誰も近づかなくなれば、城の中で何が起きても、外の目が届かなくなる。花嫁が死んでも、「また死神のせいだ」と、誰も真相を疑わなくなる。


 噂は、犯人の、巧妙な隠れ蓑だったのだ。



 ぞっとした。


 犯人は、ただ花嫁を殺しているだけではない。クラウスの評判そのものを、長年かけて作り変え、すべての死を「死神公爵の呪い」で塗り潰せるよう、周到に地ならしをしていた。これほどの執念と計画性を持つ者が、相手なのだ。


 そして、それができるのは、社交界に通じ、人々の間を自在に動ける、そういう立場の者だ。


 私は、隣で談笑するヴィクトルを、ちらりと見た。彼は、貴婦人たちに囲まれ、軽やかに笑っていた。社交界に通じ、人を動かすことに長けた男。


 偶然、だろうか。



 帰りの馬車の中で、私は、窓の外の霧を見つめていた。


 育てられた噂。隠された犯人の影。そして、ヴィクトルのあの完璧な笑顔。


 点と点が、まだ線にはならない。けれど、確かに、何かが、繋がろうとしている。


 私は、握った手に、そっと力を込めた。霧の奥に潜む影は、少しずつ、その輪郭を、こちらへ見せ始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ