第16話
第二の幕は、薬草園で開いた。
育ち始めた苗床の前で、私は、これまで集めた事実を、時系列に並べ直していた。三人の先妻——その死を、ひとつずつ。嫁いだ年。体に異変が出た時期。衰えていった過程。そして、最期。
並べてみて、ぞくりとした。
偶然にしては、あまりに、形が揃いすぎている。三人とも、同じように食が細り、同じように痩せ衰え、同じように心の臓を止めて、逝っていた。これは、自然な病ではない。同じ毒が、三人を、同じ道筋で殺している。
その「同じ毒」の正体を、私は突き止めねばならなかった。
症状を、もっと詳しく知る必要がある。誰が、先妻たちの最期を、いちばん近くで見ていたのか。考えるまでもなかった。城の侍医——エルマーだ。
私は、彼の診察室を訪ねた。
白髪の老医は、穏やかに私を迎えた。
「これは、奥方様。どうなさいました」
エルマーは、しわの刻まれた顔に、柔らかな笑みを浮かべた。落ち着いた物腰の、いかにも実直そうな老人だった。私が薬草の素養を口にすると、彼は、ほう、と感心したように目を細めた。
「これは驚いた。お若いのに、たいした知識をお持ちだ。ハルヴァート家のお生まれと伺っておりましたが、なるほど、血は争えませんな」
城に来て以来、私の知識を、これほど対等に受け止めてくれた相手は、初めてだった。私は、少し、気が緩むのを感じた。
「実は、先の奥方様方の、ご病状について伺いたいのです」
私が切り出すと、エルマーは、悲しげに目を伏せた。
「ああ……おいたわしいことでした」
彼は、ぽつぽつと、三人の最期を語った。
「お三方とも、よく似たご経過でしてな。初めは、食が細くなられる。次第に微熱と倦怠が続き、お痩せになっていく。手を尽くしましたが、効き目はなく……最後は、皆さま、心の臓が、静かに止まられました」
食が細り、微熱と倦怠、そして心の臓が止まる。ハンナから聞いた話と、寸分違わなかった。
私の頭の中で、毒の像が、結ばれ始めた。
急性の毒ではない。一度で人を殺す類のものではない。少しずつ、体に蓄積し、ゆっくりと臓腑を蝕んでいく——緩慢な毒だ。
「病と、見分けがつかないのですね」
私が呟くと、エルマーは深く頷いた。
「さよう。だからこそ、誰も、毒などとは疑いませんでした。私とて、長年これに苦しめられ……結局、お救いできなかった。医者として、これほどの無念はありません」
その声には、心からの悔しさが滲んでいるように、聞こえた。
「先の奥方様方の、死亡の記録を、見せていただけますか」
私が願い出ると、エルマーは、快く応じた。
「ええ、ええ。お役に立てるなら」
彼は、棚から三通の診断書を取り出し、私に手渡した。三人それぞれの、死亡を記した記録。症状の経過。そして、最期の所見。どれも丁寧に書かれていた。
署名の欄に、目をやる。三通とも、同じ筆跡だった。エルマー、と。
「私が、看取りました」
彼は、静かに言った。「お三方とも、最後まで、私がお側におりました」と。
私は、深く頭を下げた。この親切な老医に、心から感謝しながら。
診察室を辞し、私は、廊下を歩いた。
手にした記録を見つめ、私の中で、ある予感が、輪郭を結びつつあった。三人を殺した、緩慢な毒。食が細り、痩せ衰え、心の臓が止まる——その症状の像が、私の記憶の、ある一点と、ぴたりと重なったのだ。
ハルヴァート家の、門外不出の秘伝。
わが家にのみ伝わる、ある毒。その作用が、先妻たちの症状と、あまりにも、似すぎている。
まさか。
私は、足を止めた。背筋を、冷たいものが伝った。
——あの毒が、なぜ、こんなところに。
霧の廊下の奥が、ふいに、底知れぬ闇に見えた。




